第37話 初めて聞く結衣の家族の話

文字数 2,115文字

「結衣ちゃんは、携帯電話初めて買うてもうたんはいつですか?」
「小学校の五年生の時かな」
「私は中学二年になってから、ええなぁ結衣ちゃんとこは理解があって」
結衣は、一瞬なんと答えようかと少し考えていたが、できるだけトーンや雰囲気が変わらないように笑顔で話を続けた。
「それはチョット違うの。お母さんが小学五年生の時に入院したから、その連絡用。中学一年の時に亡くなったから、それからは持ってなくて、もう一度自分用に買ってもらったのは高校生になってからかな」
結衣が僕に聞いてほしいと言っていた家族の話の端緒を開くものだろう。真純のおかげというか、自然な流れ、良いタイミングだけれど、当の本人は自分の軽口に対して、想定外の答えが返ってきたときに、うまく処理できるほどまだ大人ではない。
「結衣ちゃん 失礼なことを言って、ごめんなさい」
急速に冷え込んだ空気と沈黙の中で、ショックを受けながらも、何とかそう言えたのは褒めてやらないといけない。
「ハルさんにも初めてする話やし、真純ちゃんが謝るようなことではないよ」

「何かご病気やったんか?」
「乳がんです。両方の乳房を切除して、少し元気になって一度は退院できたんですけど、リンパに転移してて…、ハルさんのお父さまもガンでしたよね」
「そう、肝臓。僕が高校三年生の時、見つかった時はすでに末期やったからな」
結衣の家族のことは、これまであえて聞かなかったこともあり、ほとんど知らない。
「結衣は、ご兄弟はいるの?」
「私は真純ちゃんと同じ長女で、四つ下の弟が一人います」
母親が倒れた時、弟はまだ小学一年生で、小学三年生の時に亡くなったことになる。
「それは結衣も大変やったやろけど、お母さんも心残りやったやろな。でも、それで結衣がお料理上手なんと、患者にも家族にも優しい看護婦さんの理由がわかったわ」
真純は、まだショックから立ち直れず、一言も話をしない。
少し車が流れ出す。
「真純、いつまでも凹んどらんと、代わりに結衣の頭を『エライ・エライ』ってなでなでしたってくれ」
そう言うと、真純は「結衣ちゃん、ごめんなさい」と半分泣きながら、結衣の肩をなでる。結衣は「びっくりさせてごめんね、ありがとう」と照れて笑った。結衣の家族に関する話はもう少し複雑だろうが、今日はこのあたりで良いだろう。
「まあ、なんしか残ったもんが、しっかり生きていくいうことが一番の供養なんやろ。うちかて、たかちゃんほんまやったらまだ若旦さんに毛が生えたぐらいの歳で、他のお店では、その上に旦那さんとか、大旦那さんとか、夫婦合わせて六人くらいいはるのに、あれだけの所帯を久美ちゃんと二人でやっていかなあかんのやしな。じいちゃんが長生きして、一生懸命やってくれはったけど、母さんも亡うなって、何かあっても聞く人は誰もおらへんし、久美ちゃんも、ようやってはると思うで」
車の中では、ベッドミドラーの「ザ・ローズ」にBGMが変わる。
「まぁ真純。結衣に浴衣を着してくれたお礼に、折見て、僕からタカちゃんに真純に新しいスマホ買うたってって言うたろ。それまでもうちょっと待っとき」
真純は何も言わずに黙っていた。
「でも、わたしはハルさんのお母さんに、お会いしてみたかったな」
しばらくの沈黙が続いた後で結衣がポツリという。
「亡くなってからも、どこに行っても、真弓さん、真弓さんがって、大人気ですしね。どのようなお方だったのかなぁ…って」
そう言うと、結衣が巾着袋の中に仕舞っていた携帯電話を、もう一度取り出す。
「おばあさまの写真みはったことありますか?」
「えっ、まだない」
と答えると、携帯電話を操作して、結衣に差し出す。
「これが私の中学校の入学の時、これが四〇歳くらいの時、ほんで、もう一枚はハルちゃんが生まれた頃の写真。これ赤ちゃんのハルちゃん」
「ありがとう。わぁホンマに綺麗なひとやね。これはこの間、お祭りの時に真純ちゃんが着てた浴衣やね。確かに真純ちゃんとよく似ておられるね」
「おばあさまは、私の理想の人で、憧れの人なん。親戚中の大反対を押して、家を出ておじいさまと結婚しはったんは、我が家の伝説なんよ。なあ、ハルちゃん」
と、少し復活して元気に話しだす。
「そやなぁ。真純はよう可愛がってもうてたけど、ほんまのおばあちゃんがどんな人やったんかは、一番そばにいた久美ちゃんに聞いたら、ようわかるんとちゃうか。久美ちゃんが展示会でお接待してるん見てると、母さんの若いころの背中にそっくりやしな」と笑った。
「でもな、結衣ちゃん。お父さんが『ハルは京都一のマザコンやし、お嫁さんに来る人は大変や』って言うたはったし、気ぃつけなあかんよ」と突然、小生意気なことを言ったので、結衣と二人で大笑いした。

翌日、真純からメールが入っていた。

【ハルちゃん、昨日は送ってくれてありがとう】
【スマホは高校行ってから、自分でお父さんにお願いします】
【お母さんの背中が真弓おばあさまの若いころにそっくりやて、ハルちゃんが言うたはったでと伝えたら、びっくりして泣いてはりました】
【あわせて、おおきに。また、結衣ちゃんと一緒に遊んでね】
                         【真  純】

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