第25話 マネーゲームは対等なゲームではない

文字数 1,880文字

山下繊工の株式公開は、当初は市場からもかなり注目され、好感を持って迎えられた。財務基盤も安定しており、産業としても企業としても、将来性の高い優良銘柄として、株価は急騰した。最初の三年程度は、非常に好調だったと言えるだろう。
しかし、当初の注目度や期待値が高ければ高いほど、ライバルも増え、次々と新しいニュースがリリースできなければ、投資家に飽きられるのも早くなる。大手繊維メーカーが次々と類似の能力を持つ新商品を開発し、営業力と価格競争力で圧倒されるにしたがって、シェアも低下していく。まだほとんど煮詰まっていない海外進出や外国企業との提携話が事前に漏れるようになり、そのたびに微高と下落を繰り返しながら、業績と株価は右肩下がりの状態になっていく。
一代で会社を築き上げた社長は人物としては魅力があり、技術者、研究者としては優秀であっても、財務やマーケティング、情報管理については素人である。会社としても上場を維持していくだけのノウハウも能力も体制も整っていない。このようなタイプの企業は、フットワークが軽く自由に冒険できるからこそ魅力があるのであり、手枷足枷を嵌められて守勢に回ると、もろくて弱い。株式公開という魔力に取りつかれ、周囲に踊らされて、大きな分岐点で進むべき道を間違えたのではないかという不安や後悔は、強い冷気となって、商品開発や経営に対する情熱や熱意を奪っていく。

それに追い打ちをかけたのが、企業買収を目的としたファンドの買い占めだ。
株価は、企業の価値を示すものだが、必ずしも常に適正な値を示しているわけではない。特に最近は、長期的な投資ではなく、デイトレードと呼ばれる一日単位の短期利益を追い求める投機的な傾向が強いことから、意図的に捏造、歪曲された情報に踊らされる素人によって左右される不安定なものであるといって良い。
そして、その歪を狙って、より大きな利益を一気に喰おうとする投機のプロであるファンドがでてくる。一気に大量に資金を投入し、株式を買い占め、会社を自分のものにしてしまう。そして、会社を部門ごとに切り分け、リストラと称して社員を解雇し、保有する特許や技術だけを欲しい会社に売却すれば、大きな利益が出るという寸法だ。

もちろん、それは不正でも違法でもない。株主は、その企業への出資者であり、法律的に見ても会社は経営者ではなく株主のものである。非上場の中小企業の社長が自由に経営できるのは、経営者であると同時に、その会社の株式を保有している会社のオーナーだからだ。
しかし、株式上場というのは、経営と資本の分離を意味している。上場した時点で、創業社長であってもオーナーである株主の意向に沿って経営しなければならない。先祖代々積み上げてきた会社でも、社長が一代で苦労して育てた会社でも、経営者のものではなくなる。第三者が、株式の半分以上を取得すれば、その会社の経営権を握ることができ、2/3以上で、会社を分割したり、他の会社に売却するといったことまでできるようになる。それが市場経済の株式会社というシステムだ。
ただ、これらファンドの多くは、その会社のオーナーになりたいわけではなく、長期的、継続的な経営というものにも興味がない。もちろん、会社の歴史やそこで働く人達への思い入れも全くない。彼らにとって、会社は株券と同じ売買目的の商品でしかない。
それは銀行も同じだ。初めから真剣にその会社を守る気などなく、その時々にどうすれば最も高い利益が得られるか、その推移を見ているにすぎない。ハゲタカやハイエナと呼ばれる人達と大きな違いはない。色々と対策をとっていたようだが、本気度の低い、形だけの脆弱な防衛網は、ファンドの持つ莫大な資金の中であっさりと破られていく。

「株価の変化が現れたのは、この三月からです。中国系の企業が、複数のファンドや投資家に株式の買収を依頼しているようです。今は他の買収案件を優先しているようで、少し落ち着いていますが、こちらで調べたところ、来年早々には、何らかの大きな手を打ってくることは間違いないようです」
タケは、そう言って、これまでの株価の流れと保有先の一覧表、及び山下繊工に関するニュースの抜粋を見せた。特段の理由がないまま、外国人や外国資本を含め複数の保有割合の折れ線だけが高くなっている。こういったケースの会社防衛策について、いくつか方法はあるが、すべて「たら、れば」の話で実効性に乏しい。それは僕が指摘しなくてもわかっているだろう。そもそもマネーゲームは、ゲームでさえなく、金がある奴が絶対的有利に決まっている。
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