第48話 真純と義成の成長

文字数 1,522文字

結衣は話し終えると、ほっとしたのか目じりの涙をふくと微笑んだ。
「ハルは結衣ちゃんのご家族の話を知ってたんか?」
「まあね。でもこればっかりはどっちが正しいとか、『こうした方がエエよ』というもんでもないしな。ただ折角こうして集まったんやし、大人の意見ではのうて、真純や義成がどう思うか聞いてみたいかな」
そう言うと、真純と義成は、もう一度姿勢を正した。それでも、上手く考えがまとまらないのかしばらく考えていたが、鼻をすすりながらお姉ちゃんの真純が先に話を始めた。

「そんな大変なことがあるって知らんと、車の中で失礼なことを言ってごめんなさい。私は、結衣ちゃんみたいにはとてもできひんけど、結衣ちゃんはちっともわるうないと思います。心がモヤモヤするんも、弟さんに怒るんも当然やとおもう。家族の中やからこそ、しんどいこと何も言わんと我慢しとったら、余計にアカンことになると思う」
聞いていた久美ちゃんが、真琴を揺らせて、当てこすりに沈黙を軽くまぜっかえす。
「真純も、結衣ちゃんほどやのうても、忙しいときに、もうちょっと洗濯とか後片付けとか手伝うたり、真琴の面倒見てくれたらええのになぁ」
「お母さん、いまここでそんなん言うなんていけずやわぁ。私も結衣ちゃんのお話し聞きながら反省してました。明日からもうちょっとお手伝いします」
そう言って、頬を膨らませる。これは、いま直面している課題ではなく心の重荷である。また結衣も冷静に話ができるということは、その悩み・痛みは少しずつ快方に向かっている。下を向いて深刻に話をするよりも、少し顔を上げて、雰囲気を柔らかくしながら話を進める方が良い。ここに母がいても同じようにしただろう。

義成は、自分の考えをそのまま言ってよいのか、少年剣士のいがぐり頭を手でさすりながら、迷っているようにも見えた。
「ナリはどう思う。思ったことをそのまま聞かせてくれ」
「僕も結衣さんは悪くないと思う。でも和也さんという弟さんの気持ちもわかります。亡くなったお母さんのことを忘れたわけやのうて、お姉ちゃんのことも大好きで感謝してるから、いつまでも何となくギスギスしているのがしんどかって、自分で何とかせんとって、ずっと悩んではったんやろと思う。だから、こんなことになってしもて、今でもしんどい思いというか、お姉ちゃんに申し訳ないというか、ずっと後悔してはると思う」
そう言うと、耐えきれずに、自分の拳でゴシゴシと目をこすった。
しっかりもののお兄ちゃんが泣いているのにびっくりして、真琴も大声で泣き出した。
真純には同じ姉としての真純の思いがあり、義成は義成として弟さんに重ねる視点がある。久美ちゃんの言う通り、人は紡がれ継がれていく。いつの間にか大きくなった真純、ナリと、奥の仏間に飾られた写真をみながらそう思う。
「辛いことがたくさんあったから、結衣ちゃんは患者さんやご家族さんの気持ちがわかる優しい看護婦さんなんやね。ハルちゃんが入院しているときに、ずっと原因がわからんで、どんどん痩せていって、このまま何かあったらほんまにどうしようおもて、廊下のベンチに座って泣きそうになってたら、忙しいのに隣に座って、手をぎゅっと握ってくれはって、『絶対大丈夫です。必ず元気になられます』って背中さすってもろたね。あのときホンマに嬉しかったし、心強かったわ。あらためておおきに、結衣ちゃん」
「結衣ちゃん、大切な話をしてくれてありがとう。真純にも義成にも良い勉強になったと思う。僕らにできることがあったら遠慮せんと、何でも言うてや。さっきも言うたけど、結衣ちゃんの家族は、ここにもおるしな」
兄嫁につづいて、兄はそう言って、結衣と並んだ顔を見渡して、その話を閉じた。
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