第83話 目先のはした金で人生を売る人

文字数 1,476文字

お風呂に入るころには、復活し、すっかり自分を取り戻していた。
結衣との、ゆったりバスチャットも久しぶり。
「経営って勝つか負けるかみたいな、厳しい世界ですね」
「どうやろな。でも、勝ち組負け組とか、カリスマ経営者とか、マスコミにもてはやされるような派手な会社は、あんまり長続きせえへんけどな。今回は、たまたま勝てただけで、目先の勝負に勝ち続けるいうのは、実際には不可能やと思う。ここぞと言う時には、ボクシングみたいな勝負をせなあかん時もあるけど、できたらそうならんように、コツコツ努力して避けるのが賢明な経営者やないかな。打ち上げ花火みたいな会社も、経済の活性化いう意味では必要なんやろけど」
「でも、山下繊工さんみたいに、努力してすごいものを開発しても、今回みたいに、横取りしようとする人がでてくると大変ですね」
「そやなぁ。最近は法律の矛盾や隙間を突いたり、倫理や規範みたいなものを無視して、楽してお金儲けすんのが優秀な人間やと勘違いしている人が増えてるからな。その次は、バレんかったらエエやろということになってまう。『卑怯な手を使わないと僕は勝てませんから』って、自分の無能ぶりをアピールしてるようで、みっともないだけやけどな」
今回は、最後まで戦っている相手の姿が見えないままだった。最初から話をしてくれば、どこか分かり合える部分があったかもしれないのにと思う。
今回、ある銀行の元支店長が、買収企業側に情報を漏らしていたことを話す。
「でも、その人どうなるんですか?」
「どうやろ。子供とか奥さんもいはるやろに、これからの人生大変やろな」
「でも、その買収側の会社は、その人のせいで、何十億というお金を損したんでしょ。よくわからないですけど大変ことにならないんですか?」
「お金握らせて不正に情報を漏洩させてる時点で、真っ当な会社やないからな。金融の詐欺とか不正は組織的になってて、軽い気持ちでそういう道に入っても、簡単には抜けさせてもらわれへん。騙された人が損するんはその騙された金額だけやけど、だました奴は、お金だけやのうて、家族とか、立場とか人生とか全部なくすまで逃げられん。法的には罪を償ったらエエいうことになるやろけど、黒い世界は底なしやからな。全部なくした時に、目先のはした金で、人生売ったことに気付くんやろ」
「ハルさんは大丈夫ですよね」
「僕は、悪いことしてないし大丈夫やで」
そう言って笑ったが、こればかりはどうしようもない。逆恨みだとわかっていても、すべてをなくした中村部長は僕を恨むだろう。
それが結衣に伝わらないように、話しを変える。
「そうそう、気になってたんやけど、結衣の講演デビューはいつになった?」
管理職会議で行うリスクマネジメントのプレゼン準備を手伝ってほしいと頼まれた日に山下社長が倒れたため、そのままになっていた。資料を渡して、どのような流れで話をするのか考えるように言ってあったが、その後の話を聞いていない。
「会議が12月20日の土曜日なので、あと10日くらいです」
「そっか、まだもうちょっと時間あるな。資料の作成は進んでる?」
「話をする内容と流れは決まりましたし、いただいたものを参考に、必要な資料はだいたい作りました。明日みてくださいね」
その日はお風呂を上がって、ベッドに入っても、結衣は求めてこなかった。
「ハルくんもお疲れだと思うので、今日はゆっくり寝かせてあげますよ」
そう言った後で、僕の左手をとって自分の胸を触らせると、「ハルさん、本当にお疲れ様でした」と僕が眠りにつくまで、子守唄を歌うように身体をトントンとなでてくれた。
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