第45話 古も今も変わらぬ世の中に心の種を残す言の葉

文字数 1,685文字

二〇日の祥月命日は、残暑に交代を促すような鰯雲が流れる、清々しい秋晴れとなった。
結衣は課題となっているレポート策定に忙しくしていたが、その合間に何度か家にきて、一緒に部屋を掃除したり、お皿やコップなどの数をチェックしてくれていた。夕方の四時頃に兄の家族が来る予定になっている。結衣は、家で準備をして「焼肉みたに」と「ふじたか」に寄って、一時くらいにくると言っていた。

特にすることもなかったので、玄関前の道路を竹箒で掃いていると、「焼肉 みたに」と大きく書かれた、白いバンが目の前に止まった。そこには結衣と三谷だけでなく、細川くんも乗っている。
「お手伝いいただけることになって…」
「そうか、おおきに。忙しいのにすまんな」
「ハルさんの家にお伺いするのは、あの時以来ですね」
高校の時から数えると、四半世紀ぶりだろうか。

二時前にやってきたのは、真純だった。
「ハルちゃんは役にたたんやろし、私が先に結衣ちゃんのお手伝いにきました」
エプロンを見せて家に入っていったが、熊のように大きな男と、すっきり男前の二人が料理をしているのを見て驚いたよう。真純も少しは家でも料理をするらしく、プロに教えてもらいながら、それほど広くない台所でワイワイと四人楽しそうに作っている。
三谷くんと細川くんは、「仕込みがあるので」と三時過ぎに帰ったが、仏壇の前には、高級丹波牛と松茸が残されており、かえって申し訳ないことになった。
タカちゃんと久美ちゃん、真琴と来年中学生になる義成は、四時にやってきた。
一人ずつ仏壇にすすんで焼香をする。今年は真琴も一人でできるようになっており、神妙に小さな手を合わせている。久美ちゃんは、袱紗につつんで祖父と祖母の小さな遺影を持参しており、それを両親の写真の横に置いた。

居間の八畳間には、二つの座卓が縦に置かれ、その上には心づくしの料理が並ぶ。
父の大好きだった「さば寿司」と、職人芸ともいうべき精緻に巻かれた飾り寿司。真琴のためにパンダやアンパンマンの海鮮巻き寿司まである。その隣にはナスと鰊の煮物とポテトサラダが大皿に盛られている。結衣がこの日のために何度か作って試食を重ねたものだ。あとは新しく工夫した牛肉のたたきと、結衣の得意なだし巻き卵。
食事に先だって、喪主である僕から、来てくれたことの感謝と、今日の料理は結衣を中心に、『焼肉みたに』の三谷くん、『ふじたか』の細川くんと、真琴が手伝ってくれたことを話した。続いて、兄がそれに対しての礼を述べた。
僕と兄が先に話をしたので、乾杯は義成を指名した。突然のことに、少し詰まりながらも、ジュースを片手に立ち上がり、僕と結衣への感謝とともに祖母にかけてもらった言葉、会うことのなかった祖父に対する思いを簡潔に心のこもった乾杯だった。その後で、久美ちゃんが小皿にさば寿司や飾り寿司、その他の料理をとりわけ、結衣を促して、二人で仏壇にお供えに行った。

「三谷くんって、苛められてた友達をかぼうて、他校の不良連中と大喧嘩した彼やろ?」
「三谷さんって、温和な方なのにそんな武勇伝があるんですか?」
「そうやで結衣ちゃん。彼ひとりで喧嘩自慢のツッパリの高校生相手に10人くらいバッタバッタと倒してな。5人も病院送りにして、『洛王高生。鴨川の大決闘」って警察沙汰の新聞沙汰で大騒ぎやったんやで。でも当時の生徒が退学にするなって署名活動して、数日の停学だけで済んだんやったな。ハルもなんかあの時に、PTAの説明会に乗り込んで一演説ぶったりと、チョット頑張ってたな」
「たかちゃん、よう覚えてるなぁ。校長先生、お元気にされてるかな。そうそう、もう一人の細川くんは、たかちゃんと僕の間の学年の、才媛の誉れ高い細川智子さんの弟さんやで」
「へぇそうかいな、半年ほど前に繊維業界の会合でサトちゃんに会うたけど、きれいになって、いまや経産省のお偉いさんやで。卒業する時に格調高い、短歌のついたラブレターみたいなんもろたことがあったなぁ。『古も今も変わらぬ世の中に、心の種を残す言の葉』、あれも幽斎やったか」
さすがに、それにはビールを噴き出しそうになった。

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