第54話 穏やかな秋の木漏れ日と来るべき嵐の予感

文字数 1,674文字

翌日の午前中、真琴が待ちきれないので、午後、早めに来るようにと連絡があった。
母の実家である呉服屋「まるよし」の奥、たたきをそのまま通りに抜け、廊下からつながった先に堂上の家がある。子供のころから何度も行き来しており、まだ僕の部屋も私物もたくさん置いてある。母の実家というより、もう一つの家といった方が良い。

昭和の初めころまで奉公人の人達も住んでいたことから、母屋だけで東山の家の延べ床面積の五~六倍、大きなクスノキが枝を広げる庭だけで、東山の家が三つは入る。
子供の頃は、兄とよくかくれんぼをして遊んだが、ただ広いだけでなく、屋根裏や隠し部屋や隠し廊下もあるためエリアを細かく限定しないと見つけられない。隠れていた子供が、そのまま行方不明になりそうな、そんな雰囲気のある古い家だ。
二時過ぎに着くと、「いらっしゃぃませぇ」と、真琴が我さきにと飛び出してくる。ワイワイと歓待してもらえるのは嬉しいが、結衣は一人しかいない。義成はまだ剣道クラブの練習から戻ってきていないものの、和室には自己主張するように将棋盤が出してあるし、真純も自分の部屋で結衣と話をしたそうにしている。真琴は結衣の周りを意味もなくひっついて飛びまわっている。

「真琴、明日、動物園に連れてってやるから、今日はナリと真純の相手させてやれ」
そう言うと、下唇でしぶしぶの表情をつくって僕の胡坐の上に座った。
その日の夕食は、具がたっぷりの海鮮ちらしと僕の好きなトンテキ、久美ちゃん特製のエビチリ、兄のリクエストで結衣がもう一度ポテトサラダを作り、その隣で真純が結衣に教わりながら、だし巻きを作った。二本巻いたが、どちらが前で後ろか一目で進歩のあとが見えるものだった。結衣が持ってきた生そばはザルならぬ大皿ででてきた。
「ホンマに美味いなぁ。信州の新蕎麦は香りがちがうなぁ」と兄が言ったので、結衣が、先日、話しを聞いてもらったお礼と、生そばを実家から送ってもらった経緯を話した。

広い檜風呂に結衣と真純、真琴と三人で入って、ワイワイ・キャーキャーと黄色い声が座敷にまで聞こえてくる。風呂上りの真琴の頭を拭いてやっていると、「結衣ちゃんとハルちゃんは、一緒にお風呂入るん?」と無邪気に聞いてきた。
我が家では、僕らが高校生になっても、父と母は一緒にお風呂に入っていた。あの正方形の狭い風呂に二人で入るのは大変だけれど、いつも母の楽しそうな声が聞こえていた。別にそれがいやらしいとか、恥ずかしいとかいう風でもなかった。
「そう言えば、そうやったな。母さんは、家にいるときはずっと父さんにひっついてたなぁ。おもろい夫婦やったなぁ」と兄も懐かしそうに笑う。
「嫌とちごた?」と真純が聞くので、「べつに。子供のころからそうやし、我が家では普通のことやったし。いまから思ても、微笑ましいというか何というか」と笑うと、話を聞きながら、キョロキョロとしていた真琴が、もう一度聞く。
「結衣ちゃんとハルちゃんは、一緒にお風呂入るん?」
「一緒にはいるよ」と真琴をなでながら結衣が笑って答える。
「私も、お義母さんや結衣ちゃんを見習って一緒に入ってあげてもええよ」と久美ちゃんが冗談めかして言うと、兄は「それはおおきに、また今度お願いします」と返す。ナリは、頬を赤くしながら話が聞こえないかのように、必死に将棋の駒を並べている。

それが原因かどうか、その日は結衣が勝った。
僕や兄のヘボ将棋は「まった」を入れても15分くらいで勝負がつくが、上級者同士の対決は結構時間がかる。その勝負を最後まで見届けることなく、酔って真琴と一緒に寝てしまった。結衣は寝床を大の字になった真琴に占領されてしまったため、真純の部屋に布団をひいて、朝まで話をしていたらしい。
翌日は、お弁当をもって真琴と三人で動物園へ。アムールトラに「ガオー」とへっぴり腰で対決を挑んでいたが、あくびをされただけでコソコソ僕の背中に回り込み完敗。それでも、疲れ知らずで走り回る真琴の相手にへとへとになった。
穏やかな秋の木漏れ日を受けながら、来るべき大きな嵐の気配を感じていた。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み