第42話 9月は矢代家のもう一つの祥月

文字数 1,645文字

九月は矢代家のもう一つの祥月。父が亡くなって丸二五年、四半世紀が経つ。
佐賀の祖父母は早く(父の前)に亡くなっており、年忌には叔父にも声をかけるが、毎年の命日には、祖父、母、僕と兄の家族とでご飯を食べに行くのが恒例だった。
三年前に祖父が他界し、二年前には母がなくなり、昨年は二五年忌(二四年目に行う)の法要と、ここ数年はバタバタしていたため、「今年はどうする? どこか料亭でもとるか」と兄から電話があった。年忌や法事という宗教行事に執着があるわけではない。今年は結衣にも出席してほしいと伝えてあるし、ちょうど土曜にあたるため、お昼に「ふじたか」を開けてもらおうかと考えていた。
九月の最初の金曜日、病院まで日勤終わりの結衣を迎えに行き、そのまま宝ヶ池までドライブして美味しいと評判のパスタを食べる。松ヶ崎妙法のふもとで話しをするうちに、ふと、今年は家でやろうかと思い立つ。
「チョット大変やろけど、僕と結衣と二人で、東山の家で兄の家族をご接待しよか」
「それはいい考えですね。お兄さんやお姉さんにもお世話になっているのに、何もお返ししていませんし。どんなお料理が良いか考えないといけないですね、緊張しますけど」
「メニュー考えるんは、三谷と細川くんにも相談してみたら」
先日、『ふじたか』で食事をした時に、「今日の御代は結構です」「割り込んだ俺が…」と軽く揉めたため、「ここは先輩の顔を立てろ」と食事代を支払った。そのため、後日サチさんと美香さんから、「お返しをどうすれば良いか」と結衣に相談があったらしい。その返答をする機会としてもちょうど良い。

「こないだ真琴をプールに連れて行ってくれたそうで、おおきに。でも、あいつと遊ぶの大変やったやろ」
途中でワインと生ハムを買ってマンションに泊まる。いつものように二人でお風呂に入り、湯船の端に腰掛けながら話をする。
「真純ちゃんも一緒だったので何とかなりましたけど、ホント一人だったら大変ですね。『危ないからダメよ』というと『はいっ』って元気なお返事で、素直にちゃんと言うこと聞いて手をつないでくれるんですけど、自分の興味のあるもの見つけたら、突然わき目もふらずどぉーって一目散に走り出すから、追いかけるの大変。こっちが滑って尻餅ついてしまって…」
「この間、結衣が忙しかったし、水族館に二人で行ったけど、何がおもろいのかクラゲの前で、ピタッと突然動かへんようになってしもて往生したわ」
「真琴ちゃんに、ハルちゃんとイルカが空飛ぶのを見に行ったって、『ギューン、クルクル、ザブーン、ドーン』って身振り手振り付で教えてもらいました。『ふわっ、ふわっ』っていうクラゲ踊りも見せてもらいましたよ。集中力がすごいんでしょうね。結衣ちゃん、結衣ちゃんって、あんね、あんねって色々と教えてくれるし、とっても可愛いです」
「真琴は、まだ一人でほっとけんし、それにあの子、ああ見えて母さんの血をひいててチョット心臓弱いしな。久美ちゃんも結衣に遊んでもらえると安心できるからありがたいって喜んでた。疲れるやろけど、また遊んだって」
「お聞きました。心房中隔欠損ですね。すぐにどうこうということはないと思いますけど、何かあると心配ですもんね。でも私も真純ちゃんや真琴ちゃんと遊んでいると楽しいし、今度、動物園にトラを見に行く約束なんですよ」
タオルで首筋をなぞるように汗を拭う。髪の毛が少し伸びて、風呂の中でも大きなヘアクリップでアップにしている。胸にタオルをあてているが、小麦色のうなじと肩に残る水着の跡、タオルからこぼれでる白い胸がまぶしい。ドギマギと目をそらしてしまう。
「先ほどのお話しですけど、お父さまはどんなお料理がお好きでしたか? お兄さんやハルさんが好物だったものとか、思い出の料理とかはありますか?」
「そやなぁ、でもまあ、そんなにきばらんでもエエよ」
「たいしたことはできないと思いますが、せっかくなので、みなさんに喜んでいただきたいですしね。チョット考えておいてくださいね」

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