第35話 祇園祭は誇り高き京都町衆のまつり

文字数 1,613文字

店を出たのは、九時を過ぎていた。
「真純ちゃんと船鉾にのせてもらってきました。思ったより結構高くて、外側だけでなく中も豪華で天井までキラキラしてて、ご神体はチョット怖かったですけど…」
「そりゃよかったな。で、真純とどんな話してたん?」
「ハルさんの悪口言ってました。くしゃみしませんでしたか」と笑う。
「真純ちゃんすごいんですよ。ちょうど新聞とかテレビとか取材の人も来られてて、可愛いからインタビューとか写真とか言われても、『父に叱られますので』って丁寧に断って、私より大人って感じでびっくりしました」と、電話番号やメールアドレスを交換したことなど興奮して話し続けた。

祇園祭の山鉾は、『動く美術館』と言われているが、それは絢爛豪華を誇張した言葉ではない。その名のとおり、16世紀に当時の欧州やインド、イスラム、中国からもたらされた国際的な文化的価値の高いタペストリーや絨毯が数多く装飾品として飾られているからだ。
海外の美術研究家が血眼になってさがしていた、ベルギ歴史の中に埋没したインド・ムガール帝国の再現することのできない世界に一枚と言われる織物も月鉾の前掛けから見つかっている。海外のものだけでなく、円山応挙の花鳥図、左甚五郎など日本の名工の宝物も融合されており、近年では、平山郁夫さんの描かれた絵画を元に最新の技術で織り上げられたタペストリーもある。日本だけでなく、世界の重要な文化財が山や鉾に乗って市中を回るのだ。
京都に暑い夏がくるのと同じように、当たり前に行われているが、災害や疫病、幾度の戦災のあった中で、千年引き継がれてきたということが、どれだけ大変で、いかに奇跡的なことか…。コロナ禍を経験してあらためて考えると、身が引き締まる思いがする。
義満も信長も楽しみにした祇園祭。幾多の戦乱を超えて、千年の都を支えていたのは、権力者でも財力でもなく、卓越した眼力で本物を選び続けることを自らに課した、京都の町衆だったことは間違いない。祇園祭とは、京都千二百年の美意識と誇りが詰まった祭りなのだ。
バブル崩壊後、この二十年で祇園祭を支えてきた四条室町界隈の老舗の商家も経営悪化から移転を余儀なくされており、その跡地にはマンションが立ち並んでいる。祇園祭の運営には、その町内に代々暮らしてきた町衆だけでなく、新しく移り住んできた住民や市民ボランティアの力も不可欠になっているという。祇園祭は、鉾町、町衆と呼ばれた一部の人達のものから一般市民のものへと、広く大きく変わりつつあるのだろう。
マンションに戻っても、祇園囃子は山や鉾によってそれぞれ違うこと、小さな女の子が声をそろえて歌う売り子の歌がかわいかったことなどを話が途切れない。それを聞きながらテーブルに座って、缶ビールを飲んでいる。
「初めて浴衣きて、履き慣れへん下駄でたくさん歩いたし、疲れたやろ」
「そんなことないですよ。ちょっと緊張しましたけど楽しかった。お兄さんもお姉さんも素敵な人だし、真純ちゃんとも仲良しになれてよかった」
背伸びをするようにななめ上に大きく両手を広げて、本当にうれしそうに笑った。
お風呂に入って、少しお酒を飲んでベッドに入ったのは、午前二時を過ぎていた。
浴衣は、帯と一緒に二つ並んで、クローゼットの前のハンガーラックにかけてある。
「あの浴衣も、お似合ですね」
「上手いこと買えたな。一つひとつの柄もええけど、二つ並べるとそれぞれを引き立てて、もっとエエ感じになるなぁ」
「ありがとうございます」
「そう何回も言わんでええよ。それに浴衣はタカちゃんと久美ちゃんからの快気祝いらしいから、僕はお金払ろうてないし」
「何かわたしからお返ししなくて良いでしょうか」
「それは、タカちゃんと僕との間の話やし、心配せんでええ。でも、よかったらまた、真純や子供らと仲良ししたってくれたら嬉しいな」
「それは私も嬉しいです」
そう言うと、僕の身体に回した手に力を入れ、足を絡めた。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み