第47話 結衣のお母さんとお義母さん

文字数 2,073文字

「結衣ちゃんのご家族はどうしてはるの? ご両親はお元気にされてる?」
真琴の無邪気なおちゃらけに一笑い過ぎたところで、ふいに兄が結衣に声をかけた。
「お父さん、結衣ちゃんに、そんな個人的なことをぶしつけにお聞きしたら失礼よ」
真純の慌てぶりに、何かあるのかとみんなが顔を上げ、少し空気が乱れる。一度、兄に、結衣の実家やご家族について、それとなく聞かれたことがある。その時は、「まぁ、色々とあるみたいでな…」と答えたので、何かあることを察していたが、今回、よい機会なので、直接聞こうと思ったらしい。
兄は、慌てることなく、真純だけではなくみんなに諭すようにつづける。
「真純の言う通り、個人的なことを聞いたり、噂話をしたりするのは行儀の悪いことや。でもな、それは他人さんとのことや。このナスと鰊のたいたんもポテトサラダもハルと一緒に子供のときに食べた、母さんが作ったんと同じもんや。もう一回、この家で食べられるとは思てもいいひんかった。結衣ちゃんはもう他人さんやない、私らの家族や。いい加減に聞いたわけではないし、個人的なことを聞いても失礼なことはない」
結衣は、真琴を膝に乗せながら、その話をじっと聞いていた。
「そんなふうに仰っていただいて本当にありがたいです。真純ちゃんも心配してくれてありがとう。少しみっともない話ですけど、一緒に私の家族の話を聞いていただきたいと思います」
そう言うと、ゆっくりと話し始めた。

結衣の実家は、長野県の松本城下にある。
小学校の先生をしていた両親と四歳年下の弟の四人家族。結衣が五年生の時に母親に乳がんが見つかり、入退院を繰り返していたが中学一年生の時に他界。父方の祖父母が近くに住んでいたものの、小学生のころから毎日の食事を作ったり、洗濯をしたり、学童保育の送り迎えをしたり、宿題を手伝ったりと、小さい弟の面倒を頑張ってみていたという。
「家事をするのが嫌いではなかったし、入院中の母から『父さんと和也(弟)のことをお願い』っていわれていたので…」
母親が亡くなってから三年後、結衣が高校一年の時に父親が再婚をする。
「父は自分のためではなく、弟や私のことを思って再婚したんだということはわかっていました。それに新しいお母さんも、亡くなった母のことをよく知る小学校の先生で、とても優しくて素敵な方です。何も不満はないんです」
そういうと一度言葉を区切った。
結衣がもう一度話を始めるまで、誰も何も聞かない。
「問題は、私の心の狭さにあるんです。何の不満もないんですけど、和也が新しいお母さんに甘えたり、父と楽しそうに話をしていたりすると、何となく心がモヤモヤしたんです。年齢的には、思春期とか反抗期とか色々とあると思うんですけど、亡くなった母のことを思い出すと、どうしても割り切れなかった」
内容をわかっているとは思えない真琴まで、結衣の膝の上でしゅんと静かにしている。
「私も、『お母さん』と呼んでいたし、仲良くしていたつもりなんですけど、何となく、よそよそしいというか、気を使っているというか、わがたまりがあるということは、父にも弟にも、もちろん新しいお母さんにもわかるんですよね」
「……」
「ちょうど、私が高校二年の時に、何が原因だったかは忘れましたけど、みんなでご飯を食べているときに、些細なことで和也と口論になったんです。その時に、『お姉ちゃんは、いつまでもお義母さんに冷たい。そんなことでは死んだお母さんも安心できない』みたいなことを言われて…頭が真っ白になって『あなたに何がわかる』って和也の頬を思い切りたたいてしまって…テーブルの上のおかずやお味噌汁とか床にこぼれて、お母さんも私も泣いて、大騒ぎになって……」
「……」
「和也は、お父さんに相当叱られたみたいで、私が部屋で泣いていたら謝りにきてくれて、何となくは収まったんですけど、目に見えない溝みたいなものは余計に深くなってしまって。松本では、看護学校や大学に進学する子も、県内組以外はほとんど東京に行くんですけど、私はお母さんが元気だったころに、四人で家族旅行に来たことがあったのと、あまりすぐに帰れるところにいない方がよい気がして、それで京都に来たんです」
真純は話の途中からハンカチで何度も目を拭いており、真琴も訳がわからないまま急に暗い雰囲気になっていくのに耐えられず、母親に抱きついて不安げな顔をしている。
「そんなことは誰も思っていないのに、『私がいない方が良いのかな』とか『私はこの家では邪魔なのかな』とか、自分で勝手にいじけて、拗ねて、みんなに迷惑かけているんです。弟の言う通り、そんなことでは亡くなった母にも申し訳ないと思うんですけど」
真純の鼻をすする音が響く中で、兄が声をかける。
「じゃあ、高校を卒業してから、一度もご実家には?」
「いいえ、一月末の母の命日には必ずかえるようにしています。みんな大人なので普通にしていますが、京ことばで言えば、なんとなく『きずつない』って感じですね。家族みんなが気を遣って、優しくしてくれるので、余計に帰りづらくなっているんです」
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