第100話

文字数 1,025文字

 ヘレンは全速力で玄関を目指したが、だが、わからない。広い屋敷なので道案内がないと玄関の場所がわからなかった。

(なんてこと?!)

 後ろから何か不気味なものが追ってくるのに戦慄を覚える。ヘレンは無我夢中で走っていた。廊下の端の行き止まりにある厨房のドアを開けた。 
 広い厨房だった。
 だが、ヘレンは何故かここに違和感を覚えた。

「あれ? 何かしら?」

 包丁や調理道具などが幾本も壁面にぶら下がり、大鍋、小鍋、冷蔵庫……そこで、ヘレンは見る見るうちに青ざめていった。

 この厨房には食べ物が一切ないのだ。
 
 震えが隠せられなくなったヘレンの脳裏には「早く、早く、この屋敷から逃れなければ」という言葉が例えようのない恐怖と共に幾度も浮かんでいた。だが、反面では理性は、恐怖の原因……それがなんなのかを何としても調べなくてはと考えていた。

 一体?
 なんなのだろう?
 どうしたのだろう?

 廊下に派手な靴音が近づいてきた。同時に辺りにひどい腐臭が漂う。ヘレンはその時、直観的に思い当たった。
 
 アンデッド……。
 ゾンビ……。
 不死のもの……。

 今まで会話をしていたジョンと、お茶を持ってきた女中頭は、この世からすでに旅立った死者だったのだ。
 
 その時、ヘレンの肩を誰かが後ろから掴んだ。
 ヘレンは「ヒッ」と、小さな悲鳴と共に心臓を握られたかのように動けなくなってしまった。

「ヘレン? 大丈夫かい?」
「モート……?」
 その声はモートだった。ヘレンは嬉しくなって、すぐに身体が動いた。振り返ってモートに抱き着いた。
 だが、派手な靴音が近づいてくる。

「ヘレン。少しここで待っててくれ……」
「ええ。相手は多分、アンデッドよ。気をつけて……」

 モートが銀の大鎌を持ち、厨房のドアを閉じた。外の廊下から激しい戦いの音がする。その間、ヘレンは目を閉じて静かにしていた。

 しばらくすると、濁った血液で黒いロングコートを盛大に汚したモートがドアを開けた。

「終わったよ」
「ああ、モート……」
「ヘレンぼくについていてくれ。この屋敷から一緒に出よう」
「あ、モート。ジョンが生きていたのよ……あのジョンよ……」
「……ヘレン……いや、ここには黒い魂はもういないんだ」
「え? どういうことかしら?」
「多分だが。もう、逃げてしまったのかも……知れない」
「そう……。わかったわ」

 モートと一緒にヘレンが厨房から出ると、凄惨なアンデッドの肉片が床に散らばっていた。窓の外は凄まじい吹雪が荒れ狂っている。
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登場人物紹介

モート・A・クリストファー

アリス・ムーア

シンクレア・クリアフィールド

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