第68話 Sloth(怠惰)

文字数 1,275文字

 ノブレス・オブリージュ美術館の入館料は金貨18枚もする。とてもじゃないが普通の仕事では毎日、美術品を観て回るという贅沢はできないのだ。だから、着飾った人々はホワイトシティでも裕福層の人々。つまりは貴族の人たちだった。
 そんな貴族の人々をヘレンはいつも大変な神経を使って接待していたのだとモートは思った。

 そして、モートは母の絵をしばらく見つめた。
「母さん……今はまだ何もお思い出せないけれど、きっとあの時……ぼくと共に死んだんだね」
 モートはその時、黒い魂の居場所に目が行った。
 このサロンの13枚の絵の中央に位置した絵画の向こう。
 ここノブレス・オブリージュ美術館から遥か南の方のヒルズタウンにある建物に、黒い魂を持つものが一人いた。
 モートは何故か懐かしさを覚え。口に出した。
「ギルズ……」
 ギルズは強欲の書で、グリーンピース・アンド・スコーンの組織を牛耳るボスの名で、オーゼムが逃がしてしまった男だ。
 モートは何か胸騒ぎがして、奇妙な感覚を覚えた。
「憤怒の書。サタンがあるな……ギルズがあの猿の集団を召喚していたんだ! オーゼムはまだこないけど、すぐにぼくが行かないと。後のグリモワールは怠惰と傲慢だ。このどちらかあるいは両方も警戒しないと、怖いけど行くしかない」
 モートは一枚の絵画からずっしりとした銀の大鎌を持ち、瑞々しい花の飾られた大扉を通り抜け、外へと向かった。
 真夜中の天空には顔馴染の白い月がでていた。昔のことだ。いつだったか、農作物を夜中まで運んでいた頃に、白い月とは友達になったかのようだった。姉さんは夜が明かりがないからきっと足元を照らしてくれているのよ。と言っていたっけ。
 不思議と親近感が湧く。
 ぼくには意外なほど不思議な力が小さい頃から備わりすぎていて、あの殺戮の日にも夜空に髑髏が浮かんでいた。その髑髏はぼくを時には逃がしたり、時には人々の魂を僕を守るために喰らった。

 そう、ぼくの母は有名な古の魔女だった。

 ヒルズタウンまでモートは凍て付いた道路を一直線に走り抜けていく。
 雪を被った自動車や路面バスを幾度も通り抜け、通行人のど真ん中を駆けて行った。
「うん? もう一つ? 知っている黒い魂だ! 確かパラバラムクラブで出会っている! あの女性もいた!」
 ヒルズタウンまで後、3ブロックというところで、モートは突然立ち止まった。
「ああ……ぼくは……」
 ギルズの黒い魂が傲慢のグリモワールを使う。
 パラバラムクラブでの女性の黒い魂が怠惰のグリモワールを使う。
 街の空気が一斉にざわめきだした。
 モートは震えていた。
「すごく怖いんだね……」
 ドン! ドン! という破裂音が至る所で早鐘のように鳴りだし、激しい空気の振動と共に、体長3メートルの巨大な大熊が一匹、一匹とここヒルズタウンの高級レストラン街の一角で、壁を突き破ってホワイトシティを襲った。それと同時に一つの高級レストランのドアから出て来た蝙蝠のような羽のある男たちが空を舞った。
 辺りから悲鳴が鳴り響く中。
 天空は蝙蝠男。
 地上は大熊によって、埋め尽くされた。
 
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登場人物紹介

モート・A・クリストファー

アリス・ムーア

シンクレア・クリアフィールド

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