第62話

文字数 1,280文字

 モートの狩りによって、聖パッセンジャービジョン大学の猿の軍勢は全て息絶えたように思えた。
 モートが振り返ると、大学のガラス窓からアリスが顔を恐る恐る覗かせていた。
「ああ……モート良かった。もう警戒しなくても大丈夫なのかしら?」
「……ああ。いいよ」
「危ないところを助けてもらって本当にありがとうね……。けど、あの猿の頭の人間は一体……何なのでしょう? まるで、世界が終わるかのよう……な……出来事……。 それと、モート。シンクレアは今どこにいるのですか? 無事なのですか?」
 モートは多量の血糊の付いた銀の大鎌を、凍てついた噴水の水で洗った。本当に寒いだけなのか? アリスは身震いをしている。魂の色は今も赤色だった。
「アリス。もう猿は心配しなくていいんだよ。それと、アリスはここで待っててくれ。これからシンクレアのところへ行ってくるよ……」
「そう……お願い……急いで……」
 アリスはシンクレアの無事を強く祈っているようで、胸で十字を切っていた。
 モートはイーストタウンへと向かった。
 再び走り出すと同時に、漆黒の天空の髑髏もイーストタウンへと流れていった。
 
 Wrath 3

 アリスはモートに心底から感謝していた。けれども、シンと静まり返った大学の講堂内で、アリスは今日はダイヤモンドダストが来るんだなと何気なく思うと……。
 同時にハッとして、辺りを見回した。生憎、アリスの今いる講堂内のストーブは故障中だった。このままでは真夜中のダイヤモンドダストでは確実に凍死してしまうだろう。
 アリスはそこで、子供たちと共にこの広い聖パッセンジャービジョン大学の校舎で、もう一つの最大の危機である寒さに備えるため。ストーブを大至急探すことにした。

Wrath 4

 一本のロウソクに照らされた一枚の絵画を観て、ヘレンは口に手を当て驚きを隠せられずにいた。
 その絵画には、モートに似ている。いや、そっくりな男が笑いながら畑仕事をしているところが描かれていた。
 底冷えする廊下の奥の壁に、中央に飾られたその絵画には、やはり農道と白い月がモートとそっくりな男の背後にあった。ジョン・ムーアの屋敷の大部屋から玄関へとオーゼムと共に向かう途中のことだった。隣のオーゼムは、この絵画を観て、ただ頷いているだけだったが……。
「そうですよ。ヘレンさん。この人はモート君です」
「え? オーゼムさん? どういう意味ですか?」
 ヘレンは前にノブレス・オブリージュ美術館で、モートが産まれた絵画と似た絵画をモート自身に探させたことがあった。けれども、そういえばその件は一枚見つかった後から、うやむやになってしまっていた。
 ヘレン自身は、モートの出生の秘密は、これらの絵画にあると確信していた。
 それに更に確信が深まることに、オーゼムはさも当たり前といった感じで頷いていた。まるで、モートの過去を全て知っているかのようにヘレンには思えた。
「詳しいお話をしましょう。まずは、その絵を持ってノブレス・オブリージュ美術館へと行きましょう」

 オーゼムはその一枚の絵画を持ち出して階段を降り、玄関へと向かった。

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登場人物紹介

モート・A・クリストファー

アリス・ムーア

シンクレア・クリアフィールド

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