第61話

文字数 1,512文字

 ヘレンはそのままモートに抱き着いた。
「ああ、モート……。良かった……。お互い無事で……」
 ヘレンがそうモートの耳元で囁くと。
 バタンという大きな音がした。大部屋の奥の扉が閉まった音だった。モートはジョンや女中たちが逃げ去ったのだと考えた。だが、目前のヘレンに、オーゼムの警告しているアリスとシンクレアを助けることの方が優先だった。
「アリスさんは、ここからは遠い聖パッセンジャービジョン大学の花壇や噴水のある庭にいます! 今は数人の子供たちと一緒です! シンクレアさんは、イーストタウンのロイヤルスター・ブレックファーストのお店にご家族と一緒にいますよ! いいですね、本拠地のお店の方ですよ! モート君。一刻も早くに駆け付けるのです! さあ、賭けの時間です!」
 モートはジョンとは反対の方向へと様々な家具や扉、壁を通り抜けて駆け出した。ジョンを狩る日はあるのだろうかとモートは頭の片隅で考えた。
 けれども、ジョンはもう見つからないだろうとモートは考えた。
 何故ならジョンの魂の色は青色だったのだ。
 
 山沿いの道路や林道を一直線に走り抜け、ヒルズタウンの高級住宅街へと出た。丁度、ここからアリスの屋敷が見える。アリスの使用人の老婆は今でも無事だろう。
 猿の軍勢は人がいるところや人が多いところではなく。何故か建造物が多いところへと向かっている。このままではシルバー・ハイネスト・ポールにも猿の軍勢が占拠しているだろう。
 モートはその全てを狩ることができるが、現時点ではアリスとシンクレアたちの無事が何よりも優先だった。
 空は白い月と黒い髑髏が浮かぶ。
 厚い雲が漂う。
 この上なく凍てついた深夜だった。

 モートが今いるヒルズタウンのアリスの屋敷からなら大通りを抜けて、イーストタウンのロイヤルスター・ブレックファーストの本拠地である店の方が、聖パッセンジャービジョン大学に比べて数十ブロックも近いのだが、モートはアリスを助けることを優先した。

 モートは、銀色に彩られた高級なレストラン街や、真っ白に凍った銀行やビルディング。ここホワイト・シティのヒルズタウンにある市長の霜が降り氷結と化した邸宅などが見える大通りを走り抜け、逃げ惑う人々の中央を通り抜けながら。聖パッセンジャービジョン大学へと向かってひたすら走った。焦り、悲哀、絶望、恐怖といった感情が強く出ている赤い魂の人々は、風のように身体を通り抜けていくモートの後ろ姿を強い眼差しで見送った。

 空に浮かぶ髑髏もモートの後を追うかのように、聖パッセンジャービジョン大学へと凍える夜空を流れていった。

 モートは混乱した人々と大雪の降るバスの停留所、車の往来が激しい道路のど真ん中を走る。様々なものをモートは瞬く間に通り過ぎて行った。高級住宅街の色とりどりの家具やオートクチュールのお洒落な洋服。人々の住み処のキッチンにリビング。猿の軍勢と戦う警官や街の自警団などの赤い魂の人々も通り抜けて、聖パッセンジャービジョン大学が見えてきた。

 そのまま、モートは噴水のある庭の中央へと飛び込んだ。
 すぐさま猿の頭の人間。八匹がモートに襲いかかってきた。
 モートが瞬時に銀の大鎌を振り、その場で弧を描いた。水平に並んだ八匹の首全てが一瞬であらぬ方向へと吹っ飛んだ。

 だが、猿の頭の人間はよろめいただけだった。
 その隙に、今まで噴水を囲む花壇に身を隠していたアリスと子供たちは再び大学内へと走りだした。
 驚いたモートがすかさず銀の大鎌を構え直し、首のない猿たちの胸部に刈り込む。剣を振り回す猿の群れの胸にデカい大穴が空いていった。
 大学内へと避難したアリスはもう安全だろうとモートは考えた。


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登場人物紹介

モート・A・クリストファー

アリス・ムーア

シンクレア・クリアフィールド

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