第394話 男同士でナニやってんの……

文字数 2,248文字


 ミハイルのいない授業は、退屈で仕方なかった。
 いつも、あいつが隣りにいることが日常だったし……。
 なんかこう、胸にぽっかりと穴が開いたような。
 落ち着かない。

 3時限目に入っても、彼は事務所で料理をやっているそうだ。
 彼がすぐ近くにいると言うのに、会えない。この現状。
 教師の話を聞いていてもつまらんので、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。

 マナーモードにしていたから、気がつかなかったが。
 数件の着信とメールのお知らせが画面に映っている。
 誰だろうと、開いて見れば、博多社の受付男子。
 住吉 一だ。

 さすがに授業中、電話をかけ直すのは良くないので、メールだけ確認してみる。

『あ、あの……突然、すみません。新宮さん、よかったらこのコス写真をリキ様に見せてもらえませんか? 自分じゃ、どうしても恥ずかしくて……』

「?」

 メールに何かのファイルが添付されていた。
 開いた瞬間……俺は、大量の唾を吹き出してしまう。

「ブフッーーー!」

 もちろん、自分のスマホ画面にだ。
 慌てて、ハンカチで綺麗に拭き上げる。
 臭いは残っているが……。

 だが、俺が驚くのも仕方ないだろう。
 一のやつ。こんなコス写真を送りつけてきやがって。

 問題の写真だが、卑猥の一言につきる。

 天然パーマの頭には二本の角。そして、背中には小さな羽。
 尻からは反り返った尻尾。
 レオタードはエナメル素材だが、所々スケスケ生地になっており、ヘソは丸見え。

 所謂、サキュバスってやつだろう……。

 しかし、問題なのは、撮影方法だ。
 ローアングルで股間を撮っていたり。
 4つん這いになり、尻をこちらに向けて撮影したり。
 一自身は、恥ずかしがっているようだが、めっちゃ誘っている。

 他の写真を見たが、どれも似たようなコス写真ばかりだ。
 あいつ、普段からこんな撮影をしているのか?
 なんか……どっかの同人サイトで販売していそうだな。

  ※

 休み時間に入ったところで席を立つ。
 あんな写真だが、一の気持ちは尊重してあげたい……と思ったからだ。

 意中の相手は、後ろの方で、腐女子と楽しそうに会話をしている。

「それでさぁ~ ほのかちゃんの編集部に行ったら、たくさんの漫画家さんに聞かれた参ったよぉ~ みんな、ネコが好きなんだね。女の子だから」
「そうそう♪ 世の女子はみん~な、そのネタが大好物!」
 勝手に決めつけるな。
 あと、いい加減リキの誤解を解いて欲しいな。ほのかちゃん。

 咳払いして、二人の会話を遮る。

「ごほん! ちょっと、リキ。いいか? 話がある」
「え? いいけど……ここじゃ、ダメなのか?」

 目を丸くするリキを見て、なんだか悪い気がしてきた。
 こいつは、ほのかのために、身体を張ってネタを仕入れているんだから。

 でも、一のことも気にはなるし……。
 はぁ、めんどくせぇ。

「すまん。出来れば、二人で話したいんだ」
「そっか。じゃあ、廊下でいいか?」
「おお……」

 教室から出ようとした瞬間。
 物凄く熱い視線を感じる。
 その相手は、先ほどまでリキと楽しく話していた腐女子、ほのか。

 怪しく微笑み、口元からは涎を垂らしていた。
 
 こわっ!
 もうちょっと、離れたところで、話そう……。

  ※

 俺たちが使用する教室は、主に2階だ。
 たまに特別棟や部活棟。武道館を使うぐらい。

 だから、スクリーングが行われる日曜日は、教室棟の3階は閑散としている。
 ここならば、俺とリキの会話を誰かに聞かれることはないだろう。

「んで、なんだよ。タクオ、話って」
「ああ……それなんだが、前に博多社で一って奴に会ったろ? お前にコス写真を見て欲しいんだと」
 そう言って、俺はスマホの画面を彼に見せてみる。
 リキは平然とした顔で、スマホをスワイプし、一の卑猥な写真を眺める。

「ふ~ん。よく撮れてるじゃん。俺さ、こういうの良く分かんないけど。良いと思うぜ」
 と親指を立てて、ニカッと白い歯を見せるリキ先輩。
 清々しいぜ。
「良いって……リキ。お前、一のこういう写真を見て、引かないのか?」
「全然。好きな物は堂々と出していくべきだと思うぜ?」
「そ、そうなんだ……」
 なんか、腐女子のほのかに関わったことで、どんどん毒されているような。


 とりあえずリキに、一へコスの感想を、メールか電話で伝えてくれるように頼んだ。
 一が言うには、まだ自分からリキに連絡を取るのは、勇気がいるらしい。
 全く、とんだ仲介人だよ……。

 リキは一に連絡をとることを、快く承諾してくれた。
 すぐにその場で、メールを打ち出す。

「しかし、この前は驚いたぜ。なあ、タクオ」
 メールを打ちながら、器用に話しかけてくるリキ。
「ん? なんのことだ?」
「ほら、あれだよ。タクオが急にこの一の尻を揉みまくってさ……男にナニやってんだって。ビックリしたぜ」
 俺がノン気かどうか、確かめたかったとは言えない。

「いや……まあ、ちょっとした出来心というか……」
「ははは! なんだよ、オタク同士はあーいうスキンシップがあるってのか!? 男同士でケツを触りあうっていう!」
「あはは……」

 笑ってその場を誤魔化そうとした、その時だった。
 背後から、ガシャーンと何かが床に落ちた音が聞こえてきた。

 振り返ると、ネッキーのエプロンをかけたミハイルだった。
 廊下には大きな圧力鍋が転がり、シチューがどろりとこぼれていた。

 真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。

「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」

 バレちゃった!
 どうなるの、俺ってば……。
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