第326話 高校生で童貞は普通です…普通です…

文字数 2,602文字


 目的地である赤井駅に到着して、一ツ橋高校へと向かう。
 ミハイルと二人で歩道を歩いていると、目の前に全日制コースの女子高生たちが目に入った。

「昨日の“めちゃウケ”見た? マジ面白かったよねぇ」
「ウソ? 録画してないわぁ。最後どうなったの?」
「えっとね……」

 俺は録画しているけど、まだ見てないんだよ!
 オチを言うな!

 なんて、女子高生のスカートを睨んで……いや、鑑賞していると。
 その子たちにビタッと、くっつくように密着して歩くおじさんが一人。
 もう秋だってのに、半袖のTシャツを着ていて、サイズがあってないのか……。
 ピチッピチで汗だく、背中が透けて見える。
 しかも剛毛だ……キモッ。
 朝からエグいもん見て、吐きそうだわ。

「ふぅ~ ふぅ~ なるほど……現役JKのスカート丈は、これぐらいか。写真を撮っておかないと……」

 なんだ、この不審者は?
 首を傾げていると、ミハイルがおっさんに声をかける。

「あっ、トマトじゃん! おはよ~☆」
 彼の声に気がつき、振り返る汗だくの豚……じゃなかった。
 イラストレーター。トマトこと、筑前(ちくぜん) 聖書(ばいぶる)さんだ。
「これはこれは。ミハイルくんにDOセンセイじゃないですか! おはようございます」
 なんて、親指を立てて笑うが。
 どうしても彼の頭に視線が行ってしまう。
 頭に巻いているバンダナだ。2次元の萌えキャラがパンチラ全開でプリントされている。
 こんな大人にはなりたくない。

「トマトさん。そう言えば、今日から一ツ橋高校の生徒なんですね」
「ええ。白金さんに『ちゃんと現役JKを盗撮してこい』って業務命令出されているんで」
「……トマトさん。あのバカの言う事、鵜呑みにしちゃダメですよ」
「でも、それが僕とDOセンセイの取材でしょ?」
 お前と一緒にするな!

  ※

 トマトさんと合流した俺たちは、三人で登校することにした。
 歩きながら、小説版“気にヤン”のイラストの話になる。

「あの、トマトさん……別に責めるつもりはないんですけど。俺の小説をちゃんと読んでからイラスト描いてくれました? あれ、もう別人なんですけど」
 俺がそう言うと、隣りで聞いていたミハイルも「うんうん」と頷く。
「読みましたよ。でも、肝心のモデルさんの写真が提供してもらえなかったので、僕が一番可愛いと思った女性を一生懸命、描きました」
「う……」
 確かにアンナの正体は、隠さないといけないからな。
 仕方ないか。

 妹のピーチがちゃんと綺麗にアンナを描いてくれたから、良しとしよう。
 
 だが、トマトさんの発言に納得しないのは、モデル本人であるミハイルだ。
「あのさ! じゃあ、トマトが描いたモデルって。実際のヒロインよりもカワイイってことだよね!」
 ちょっと涙目で怒ってる。
「まあ……僕の中ではそうですね。あの人は、天使です。花鶴 ここあさん」
 言いながら、空を見上げるトマトさん。
 きっと、どビッチのここあを思い出しているのだろう。
「もしかして……トマトって。ここあのことが好きなの?」
 ストレートに言うなぁ、ミハイルのやつ。
 見透かされたみたいな顔で、驚いてみせるトマトさん。
「あ、あの……なぜ、わかったのでしょうか?」
 そんなもん。見りゃ分かるよ、誰でも。
 ミハイルは「へへん」と自慢げに語り始める。

「だってさ。トマトって実際のモデルがいないと描けないわけじゃん。ここあをモデルにしたってことは、好きだからでしょ? 愛がないとあんなに上手く描けないよ☆」
 驚いた。
 このアホなヤンキーから、愛なんて言葉が出るとは。
「そ、その通りです……あんな美しい女性。この世で、僕は見たことがないです!」
 よっぽど好きなんだな。
 話し方にも熱が入るし、拳まで作って、こんな田舎町で愛を叫ぶのか。豚は。

 25歳が18歳のJKに恋か。
 犯罪じゃね?

 唾を飛ばしながら語るトマトさんを、俺は呆れて眺めていた。
 だがミハイルは、彼の唾さえ避けずに優しく微笑む。

「おーえん、するよ☆ ここあのことなら、オレなんでも知ってるから☆」
 えぇ……。
「本当ですか!? ミハイルくん!」
 彼の肩を汗だくの肉まんみたいな手で掴む。
 なんか見ていて、イラッとするわ。俺のダチなのに……。
「うん☆ 小さな時からダチだから、好きなものとか、全部知っているよ☆」
 エメラルドグリーンの瞳が、より一層輝いて見える。
「じゃ、じゃあ……これ、聞いてもいいかな?」
 急に歯切れが悪くなったな。
「遠慮すんなよ☆ オレもトマトも、ダチだからさ☆」
「……本当にいいんですね!?」
 ミハイルの華奢な身体を、両手で力強く前後に振る。
 無抵抗な彼を良いことに、至近距離で、顔面めがけて大量の唾液を噴射。
 そんな汚物さえ、ミハイルはニコニコ笑って受けとめる。

「いいってば☆ 早く言いなよ☆」
「あのですね……ここあさんって、彼氏いないんですか!?」

 トマトさんの問いを聞いて、確かに俺も気にはなった。
 あいつの噂は、どがつくビッチでいっぱいだからな。

 この時、ミハイルの綺麗な顔は、唾液でビチャビチャに汚れていた。
 クソがっ!
 相変わらず、ニコニコと女神のように笑っている。

「カレシ? いないよ☆」
「え、本当なんですね! じゃあ、処女ってことですか!?」
 それを聞いて、今度は俺が地面に大量の唾を吹き出す。
「ブフーーーッ!」
 あのギャルが処女なわけないだろ……。

 しかし、次の瞬間。ミハイルの小さな口から驚きの言葉が出てくる。

「そうだよ☆ しょじょって、そーいう経験がないってことだよね? ないない☆」
 トマトさんの代わりに、俺が絶叫する。
「えええーーー!!!」

 ウソだ。ウソだ!
 あんなパンツを恥ずかし気もなく、見せびらかす汚ギャルが処女だと!?
 認めたくない!


 驚く俺を見て、ミハイルが首を傾げる。

「タクト、どうしたの?」
「いや……その話。本当なのか」
「オレがウソつくわけないじゃん☆ ここあは男と付き合ったことなんて、ないよ☆」
「えぇ……」
 トマトさんはそれを聞いて歓喜する。

「よっしゃーーー! 絶対にここあさんと結婚してみせるぞ!」
 やめとけ……おっさんのくせして。

 更にミハイルは追加の情報を提供してくれた。

「あ、ついでに言うと、リキもないよ☆ でも、ほのかと仲良くなるから、関係ないか☆」
「はぁ……」
 俺たち、一ツ橋高校の生徒ってみんな童貞と処女で、一生を終えるんじゃないか?
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