第427話 ばーちゃんの優しさ。

文字数 1,902文字


 正月からJRを使うのか……。
 なんとも不思議な感覚だ。

 ここ数年は、家にこもりきりで。
 寝正月ばかりだった。

 そんな俺が博多行きの列車に、乗り込むとはね。
 地元の真島(まじま)駅は普段と違い、とても静かだった。

 平日なら、サラリーマンやOL。それから学生が多く。
 通勤や通学に使われる。
 しかし、今日はお正月だ。
 みんな休み。だから、そんな暗いスーツや制服は着ていない。

 むしろ、煌びやかな振り袖や、気合の入ったミニスカの女子が多い。
 男子も普段と違う。
 なんていうか、お洒落しているんだけど……。
 利用している店が同じところだからだろう。みんな同じ服装に見える。
 量産型男子……。
 男はつらいね。選択肢が少なくて。


 その点、俺は違う。
 初詣に行くと、母さんに言ったら「じゃあこれを着て行きなさい」と着物を渡された。
 話を聞けば、昔親父が着ていたものらしい。

 紺色のウール製で、冬用だ。
 羽織もセットでついており、なかなか暖かい。
 足もとは、下駄。

 これぞ、日本の男だ。と胸を張りたいところだが……。
 実は今着ている着物は、俺のばーちゃんがデザインしたもので。
 羽織の裏地に全裸の男たちが、汗だくになっているBLイラストが、プリントされている。
 そして、羽織を脱いで背中を見せれば、絶頂している男子が……。
 ああ……おぞましい。

 だから絶対に、俺は家に帰るまで、この羽織を脱ぐことが出来ない。

  ※

 ホームで列車を待っていると。
 やはり、俺と同様にみんな初詣に行くようで。似たような格好ばかり。
 振り袖を着ているのは、当然女の子たち。
 しかし羨ましい。
 だって、裏地に痛いBLがプリントされてないんでしょ?
 うちがおかしいんだよな……。

 そうこうしていると、列車が到着し。
 プシューという音を立てて、自動ドアが開く。
 中は思った通り、多くの人でごった返していた。

 この中から、アンナを探すのかと迷っていたら。

「タッくん~! こっち、こっち~☆」

 と一人の少女が手を振っていた。
 アンナだ。
 しかし、彼女の周りだけ、人が少ない。なぜだろう……。
 
 あ、思い出した。
 夏に花火大会へ行った時、アンナが乗客の大半を、馬鹿力でホームに押し出したから。
 他の客が、避けているんだろう……。
 少し離れたところで、ヒソヒソと耳打ちをしているカップルがいた。

(あの子、見た目あんなんだけど、マジでやばいよ。友達が夏に膝を怪我させられたの)
(マジかよ? 普通に可愛い女の子なのに)
(ホントだって! 膝の皮がめくれて、肉が見えてたんだよ!)

「……」
 よく訴えなかったな。
 とりあえず、アンナのそばに近寄ってみる。

「よ、よう……」
「タッくん☆ 良かった。一緒の列車で☆ あ、タッくんも和服なんだね☆」
「まあな……母さんが貸してくれたんだ。そういうアンナこそ、似合っているじゃないか?」
 言いながら、彼女の着物を指差す。
「え、ホント?」
 緑の瞳を輝かせて、微笑む。
 
 
 今日のアンナは、普段と全然違う。
 ガーリーなファッションを好む彼女だが、お正月だから和服。

 鮮やかな赤の振り袖で、白い梅の花びらがたくさん描かれている。
 長い金色の髪は、頭の上で纏めており。お団子頭ってやつだ。
 足もとは、白い足袋と草履。
 
 いつもミニスカートを履いているから、今日は露出度が少ない。
 精々がうなじぐらいだ。
 しかし、その見えない所が色っぽく感じる。

 正直、後ろから襲いたいぐらいだ。
 あ~れ~! って腰の帯を回してみたいのが、男ってもんだ。
 
 俺が彼女の着物姿に、見惚れていると……。
「タッくん? どうしたの?」
「あ、悪い……その着物って、ひょっとして……」
「そうだよ、タッくんのおばあちゃんから頂いたもの☆ すごく可愛いよね?」
「うん……着物は可愛いし、似合っているんだけど」
 1つだけ、違和感を感じさせるオプションがついていた。
 彼女が手に持つ、小さなバッグ。

 俺が隠している羽織の裏地と同じく、裸体の男たちが激しい絡みを、繰り広げていたからだ。
 ばーちゃん、なにしてくれてるんだよ!
 人の女に変なものを、送りつけやがって……。

「そのバックは……」
「あ。これ、すごく便利なの~☆ 着物に合わせるバッグが無くて、タッくんのおばあちゃんに相談したら。すぐに送ってくれたのぉ~」
 俺のばーちゃんに、相談したらダメだよ。
「そ、そうなんだ……」
「スマホもお財布も入って、着物に似合うし。ホントにいいおばあちゃん☆」
「……」

 あのババア。アンナも沼に落とす気じゃないだろうな?
 よし、初詣の願い。決まったぜ。

『早くばーちゃんも、枯れますように』

 これだな。
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