第60話 イラストレーターと被写体

文字数 2,421文字

 白金の黒歴史を晒したことで、俺はメシウマ状態であった。
 激おこぷんぷん丸になった彼女を無視し、編集部へと向かう。

 ゲゲゲ文庫、編集部。
 相変わらず社員たちは忙しそうにお仕事をしている。
 この隣りにいるJS体形のロリババアとは違って……。

 白金はいつものように自動販売機の前に立つと「なにを飲みます?」と聞く。
 俺は当然のようにコーヒー、「ビッグボス」と答える。
 彼女から缶コーヒーを受け取ると、面談室へと向かった。

「あ、DO・助兵衛先生!」

 先客がいた。俺から見て奥側のテーブルの前に座っている。
 人間ではなく、正しくは豚だ。可愛い豚ではない。汚らしいブタだ。
 豚は汗をだらだらと流し、萌え絵のハンカチで額を拭いている。
 汗で濡れたシャツは大雨に打たれたようにびしゃびしゃ、肌が透けて乳首まで丸見えだ。
 これって、なんの拷問?

「トマトさん……その名で俺を呼ぶのはやめてください」
 彼の名はトマト。
 本名は知らない、売れないイラストレーターで俺の小説の表紙や挿絵を担当している人だ。
 俺がデビューしてかれこれ3年の付き合いか。
 といっても、編集部で仕事の話をするぐらいだが。

「すいません、DO先生。白金さんから聞いたんですが、今回はラブコメに手をだすんですか!?」
 彼は驚きのあまり、席を立ちあがって汗を吹き出す。

 そう、彼が驚くのはもっともだ。
 なぜなら、俺はライトノベルというには、ダークすぎるノベルが多い。
 ヤクザものが多く、過激な暴力描写で一定のコアなファンがついているが……。
 裏を返せば、万人受けしない作者なので、売れない作家ともいえる。

「はい……このロリババアに言われたので」
 指をさして物扱い。
「誰が、ババアですか!? 私はまだ20代のピチピチギャルですよ!」
 ロリも否定しろよ。
「ま、まあ……お二人ともイスに座って。打ち合わせ……しましょ?」
 トマトさんにその場をおさめられ、俺と白金は腰を下ろす。
「じゃあ、DOセンセイ。プロットをさっさと出してください」
 ムカつく女だ。

 俺は黙ってリュックサックからノートPCを取り出す。
 テーブルの上に置いて、起動する。
 モニターを白金とトマトさんがのぞき込む。


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 タイトル
『気になっていたあの子はヤンキーだが、デートするときはめっちゃタイプでグイグイくる!!!』(仮)

 あらすじ
 売れないライトノベル作家、真島 タクトはひょんなことから通信制高校へと入学する。
 彼の入学動悸は取材だ。
 それも恋愛経験のない彼が、気色の悪い担当編集に言われて、ラブコメに手を出したからだ。
 『ラ』の字も知らないタクトは、ラブを知るために通信制高校、通称バカ高校に入学する。
 そこで知り合ったのは可憐な少女……ではなく金髪ハーフのヤンキーの女の子、席内 アンナ。
 アンナはスクリーングに来るときはタンクトップにショーパンというラフな姿で、いつもヤンキーグループとたむろしているような女だ。
 入学式に美人の彼女を見つめていたことで、『ガンつけた』と因縁をつけられる。
 その際、理由を問われたため、タクトは答えた。
「かわいかったから……」
 驚いたアンナはタクトを殴ってしまう……が、その一言で恋に落ちてしまう。

 一大決心をしたアンナはタクトに告白をする。
 だが、恋愛経験のないタクトは断ってしまう。
「ヤンキーとは付き合えない」
 涙を流すアンナ。
 別れ際に彼女は問う。
「どんな女の子だったら付き合えたの?」
 タクトは涙を浮かべる彼女を見て、答えに困った。
「もっと普通の女の子だったら……」
 と安易に答えてしまう。 

 その日以来、フラれてしまったアンナはもう一度タクトを振り向かせるために、心機一転。
 タクトとデートしたい一心で、彼好みの女の子を研究する。
 そして、今までとは全く違うラブリーなファッションをして、デートに誘うのであった……。

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「いいじゃないですか! DOセンセイ!」
 喜ぶ白金。
 てか、これってほぼノンフィクションじゃね?
「すごいです! これはDO先生の実体験によるものですか?」
 トマトさん……それ聞いちゃダメなやつ。
「ま、まあ……多少盛ってますがね」
 多少どころか、アンナが男なのがな……。
 すまん、ミハイル。

「この作品の続きは!? もう書いてますか? DOセンセイ!」
 興奮して身を乗り出す白金。
「いや。まだだ」
 だって、デート一回しかしてないもん。
「んで、白金。この作品はボツか?」
 正直言って、ほぼ俺の体験話だからな。

「……」
 黙って何度も俺のプロットを読み返す白金。
 その目はいつになく鋭い。
 数分間の沈黙のあと、白金は呟いた。

「いよう……採用です」
「え?」
「採用ですよ! DOセンセイ、絶対に採用です!」
 逃れられないフラグが立ったみたい……嫌だわ~怖いわ~
「おめでとうございます! DO先生!」
 脂汗でギトギトの手で握手しやがる豚イラストレーター。
「は、はぁ……」

「では略して『気にヤン』。これでいきましょう!」
 拳を天井へ掲げる白金。
 えらく気に入ったみたいだな。
 まあ俺は金さえもらえれば、なんでもいいんだが。
「でも……白金さん、僕……可愛い女の子のイラストは苦手なんですよ」
 トマトさんが肩を落とす。
 そう彼はガチムチなマッチョおじさんを描くことが得意分野である。
 今まで女のイラストと言えば、極道のオンナぐらいだ。

「なるほどですね……」
 考え込む白金。
 しばらく、フリーズしたのちに何かをひらめいたようだ。
 手のひらを叩く。

「女子高の門前でリアルJKを盗撮したらどうですか?」
「え……」
 顔面ブルースクリーンへとバグるトマトさん。
「業務連絡です、盗撮してきてください!」
「は、はい……」
 了承しちゃダメだろ!
 犯罪じゃねーか!
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