第449話 青春時代

文字数 2,642文字


 ヒロインであるアンナが、男だと分かった以上。
 このままアニメ化するには、不安要素が多すぎると白金は頭を抱える。
 とりあえず、原作は売れているので、設定は女の子のまま……。
 
 またアンナ役にYUIKAちゃんを、起用することも保留にするらしい。
 可愛い女の子としてオファーしたのに。正体が女装男子だとバレたら、役とは言え、炎上しかねない。
 
 俺を元気にするため、博多社まで呼んだ白金だったが。
 結局、何の解決にも至らず。
 アニメの話さえ、ボツになりそうだ。
 なんだったら白金の方が、ダメージが大きく見える。

「ま、まあ……DOセンセイ。どうにか、ミハイルくん。いや、アンナちゃんとしっかり仲直りしてください」
 青ざめた顔で、視線は床に落ちている。
「善処してみる……」
 覇気のない声で呟くと、その場を去った。

  ※

 何度かミハイルに、連絡を取ろうと電話をかけてはみた。
 しかし電源を切っているようで、出てくれない。
 メールも同様だ。

 仕方がないので、今度はアンナのL●NEに、メッセージを送ってみたが。
 既読マークすらつかない。
 完全に、心を塞いでいるようだ。

 最初こそ、宗像先生に言われた通り、SNSを使い。
 楽しんでいる自分を演じ、発信していたが……。
 俺自身が耐えられなくなり、今は放置している。

 毎日、あの日を思い出す。
 ミハイルに、絶交された日のことを……。

 俺があの時、ちゃんとアイツの想いに答えることが出来たら。
 今でも二人仲良く学校へ、行けたのだろうか?
 後悔だけが残り、何もやる気が出ない。

 前回の試験が実質、最後のスクリーングだった。
 あとは、終業式のみ。
 一ツ橋高校は単位制の高校だ。編入して、半年で卒業する生徒も多い。
 だから終業式と合同で、卒業旅行を行う。
 去年、みんなで別府温泉へ旅行に行ったのは、そのためだ。

 ある日、宗像先生から電話がかかってきて。
『新宮。終業式に必ず来るんや! 今回は大阪に行くんやで! 食いだおれやで!』
 と誘われたが……。

 ミハイルが来ないなら、意味がない。
 俺は初めて、高校をサボってしまった。

 ~それから時は経ち~

 もう俺には、限界だった。
 この終わらない毎日が……。

 白うさぎを食べられるとは言え、体重は下がる一方だ。
 空腹により、思考が上手くまとまらない。
 小説を書く以前に、日常生活に支障をきたすレベル。

 気がつけば、俺もミハイルと同じ行動を取っていた。
 退学届……。
 これを宗像先生に渡して、終わりにしよう。

 そう決断したのは、季節が変わり、春になったころ。
 2年生になったばかり。
 今期、1回目のスクリーングの日。

 本当なら、教科書や体操服で、リュックサックはパンパンに膨れ上がるはずだ。
 しかし、俺が中に入れたのは、一枚の封筒のみ。
 軽くなったリュックサックを背負うと、リビングへ向かう。

「あら、おにーさま。おはようございます♪」

 妹のかなでが、テーブルに並べられた朝食を、美味そうに食べていた。
 玉子焼きに鮭。納豆と味噌汁。大盛りの白飯。
 実に健康的な食事。最後にこんなご飯を食べたのは、何時だろう……。
 
 俺とは対照的で顔色も良く、新しいセーラー服は持ち前の乳袋で破れそうだ。
 高校生になって、更に胸が巨大化したような。

 猛勉強の末、かなでは見事、国立の名門校に合格した。
 福岡県内では、トップレベル。
 いつも男の娘ゲーで興奮している変態だが、偏差値が70越えという結果が出ているので。
 実力なんだろうな……。

「か、かなで……。お前、今日は高校、休みじゃないのか?」
「そうですけど。高校の友達と天神で待ち合わせしてますの♪」
 日曜日に天神で、級友と遊ぶだと?
 こいつが? 高校デビューってやつか。
「な、なるほど……。気をつけてな」
「気をつけるも、なにも。インテリぶったJKを沼に落とすだけですから♪ “オタだらけ”で薄い本を買い漁るのですわ!」
「……」

 うちの妹のせいで、優等生が腐ってしまうのか。
 かわいそうに……。

「それより、おにーさま。最近ご飯を食べませんのね? 一体どうしてです?」
「ちょっと色々あって……」
 ミハイルに振られたから、ショックでとは言えん。
「何か悩み事のようですね。でも、ご安心くださいな。今日あたり必ず良いことが、起こりそうですよ♪」
「え?」

 妙に自信たっぷりのかなでを見て、まさか……とは思ったが。
 ミハイルは今、携帯電話の電源を切っているし。

  ※

 地元の真島駅から、小倉行きの列車に乗り込み。
 一ツ橋高校がある赤井駅へと向かう。

 本当なら、2駅離れた席内駅で。
「おっはよ~☆ タクト☆」
 と一人のショーパンの少年が、駆け込んでくるのだが。

 なにも起こらない。
 ため息を漏らして、赤井駅にたどり着くまで、待つことに。


 駅から15分ほど歩いた先に、名物である心臓破りの地獄ロードが見えてきた。
 もう慣れたと思っていたが、久しぶりにこの坂道を歩くと。
 足が鉛のように重く感じた。

 リュックサックには、何も入れてないのに。
 誰かが俺の肩を引っ張っているような……。
 息遣いも荒くなる。

「はぁ……はぁ……」

 今日で終わりだ。
 もうこの坂道とも、お別れ。
 俺にはやっぱりガッコウなんて、居場所は似合わない。
 宗像先生に怒られても良いから、退学届を出して。
 さよならだ。

 自分にそう言い聞かせて、坂道を登る。
 登り切ったところで、強い風が吹きつけた。
 今のやせ細った身体では、立っていることさえ困難だった。

 ふらつくとバランスを崩し、俺はそのまま坂道へ転げ落ちる……。
 そう思った瞬間、誰かが優しく背中を押してくれた。

「危ないよ☆」

 この声は、まさか。
 そんなことは……ありえない。
 だって、俺を捨てたはずだ。

「タクトはやっぱり、オレがいないとダメだな☆」

 そう言って、エメラルドグリーンを輝かせるアイツ。
 胸に空いた大きな穴が、やっと塞がった気がする。

 彼の顔を確認しようと、振り返る。

「み、ミハ……?」

 後ろに立っていたのは、俺が待っていたアイツじゃなかった。

 桜の花びらが舞い散る坂道で、優しく微笑むのは。
 
 胸元に大きなピンクのリボン、フリルのワンピースをまとった女の子。
 カチューシャにも、同系色のリボンがついている。
 美しい金色の長い髪を、肩から流していた。
 
「タッくん。おはよう☆ こんなところから落ちたら大変だよ☆」
「あ……アンナ? なぜ、お前がここに?」
「ふふっ。なんでだろね☆」
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