第487話 新郎(♂)と新婦(♂)のご入場

文字数 3,333文字


 先ほどまで行われていた卒業式が……。一瞬にして、結婚式会場へと変わってしまった。
 ステージの上では、自称牧師のロバートがニコニコ笑って立っている。
 右手に聖書を持って……。
 ドМの変態おじさんに、持たせていいものだろうか?

 このチャペル? らしき会場。
 どうやら宗像先生と生徒たちが、作ってくれたようだ。
 ロバート牧師の背後には、十字架が飾られている。ダンボール製の。

 
「あの……宗像先生、これって一体?」
 未だに状況が掴めないので、司会席に立っている先生へ質問してみる。
「見りゃわかるだろ? 結婚式を始めるんだよ」
「結婚式って、誰がそんなこと頼んだんですか? 俺は望んでませんよっ!」
「あぁん? 人がせっかく用意してやったのに、文句を言うのか? お前は。一ツ橋高校の教師や生徒たちみんなで、頑張ったんだ! 感謝しろ、バカヤロー!」
「そ、それは……」

 ふと振り返ってみると、クラスメイトたちが寂しそうな顔でこちらを見つめていた。
 先生の言う通り、かもしれないな。

「あとな、ロバートは牧師をやるために、わざわざアメリカから来たんだぞ? 彼にも礼を言え!」
 知らんがな、それに彼は本当に聖職者なのか?
 俺の代わりに、ロバート牧師が英語で先生をなだめる。

「That’s okay. No worries! I just want your body」(大丈夫、気にしないで。僕は君の身体が欲しいだけさ)
 なんだ、宗像先生が恋しくて来日しただけか。
「あぁ? 日本語使えったろ? まあいいや。ホテルは予約しているから、そこで話を聞いてやる」
「Yes!」
 話は噛み合っていないが、ロバート的にはやる気マンマンのようだ。
 アホらし……。

  ※

「じゃあ、そろそろ花嫁……じゃなかった花婿? あ~! もう、めんどくさい! とりあえず、入場だっ!」

 先生の投げやりな紹介と共に、会場の灯りが全て消えてしまう。
 真っ白だった空間が、一気に暗闇に染まった。
 何も見えないと困っていたところを、一筋の光りが差し込む。

 目の前のバージンロードから会場の入口まで、一直線に照らしている。
 その先に見えるのは、二人の人影。

 ひとりは黒いモーニングコートを着た……女性?
 金色のポニーテールが輝いている。それにコートを着ても、膨れ上がる巨乳。
 あれはもしかして、ヴィッキーちゃんか!?

 ということは、隣りに立っているあの子は……ミハイル!

 ヴィッキーちゃんとは対照的な色、白で統一している。
 顔はベールで隠されているから、分からないが。
 あの華奢な体格は、彼で間違いないだろう。

 ウェディングドレス……ではなく、パンツと言うべきか。
 一般的なドレスとは違い、ひらひらしたフリルやスカートなどは一切、排除されている。
 その代わり、肌の露出が激しい。
 ノースリーブにショートパンツ、所々に花柄レースの刺繍が入っている。
 持ち前の白く美しい両脚を揃えて、ブーケを手に持つ。
 
 
 どこからともなく、音楽が流れてきた。

『ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪』

 あまりに、場にそぐわない曲だったので、その場でずっこけてしまった。

 しかし、俺とは対照的に、入場してきた二人は至って冷静だ。
 すました顔をして、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
 バージンロードを歩くその姿は、正しくこの世に舞い降りた天使。

 こちらへ近づいて来て、気がついたことだが。
 ミハイルの足元は、厚底の白いローファーだ。紳士向けの。

 以前、結婚式の話をした際、俺がミハイルに言ったからなのか?
 ドレスは女が着るもの。男は着ない。
 だから、わざわざ男のミハイルが着られる服を……。


 ひとりでぼーっと考えこんでいたら、いつの間にか、目の前にヴィッキーちゃんが立っていた。
 眉間に皺を寄せて、俺を睨みつける。

「てんめ……なに、さっきからジロジロ見てんだよ」

 とドスの聞いた声で脅す。
 くしくも3年前の春。初めてミハイルに言われたセリフだ……。

 顔だけなら、弟のミハイルと変わらない美人なのに。
 弟より怖い。
 結婚を許してもらえたはずなのに、何故か謝ってしまう。

「す、すみません……」
「この野郎、クソ坊主! お前、結婚の挨拶から顔出さないじゃねーか? あのウイスキーぐらいで、弟をやると思ったのか!?」

 今から結婚式を始めるんじゃないのか?
 花嫁を連れて来た、お父さん代わりでしょ。

 困った俺はミハイルに視線をやるが、本人は無言を貫く。
 たぶん、自身を姉のヴィッキーちゃんが、俺へ託すのを待っているのだろう。

 そんな窮地から助けてくれたのは、意外な人物だった。
 
「あの~ アンナちゃんのお母さんですよね?」

 事情をよく知らない親父が、出しゃばってきた。
 当然、ブチギレるヴィッキーちゃん。

「あぁん!? 誰が母親だっ!? あたいはまだピチピチの独身だ! それにこいつはアンナじゃなくて、ミーシャ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るヴィッキーちゃんを見ても、物怖じせず。
 ヘラヘラと笑いながら、頭を下げる親父。
「すみませぇ~ん。知りませんでして……あ、ところで、先ほどの話なんですが。あの『すみ酒』じゃ足りないですよね? 今日は祝いの席ですので、式が終わったら一杯どうですか?」
 まさかとは思ったが、ヴィッキーちゃんの顔つきが、一気に柔らかくなる。
「えぇ、嫌だな~ 琢人くんのお義父さんたら。その酒ってウイスキーですか?」
「もちろんですよ。さすがに『ザ・メッカラン』の60年ものは無理でしたがね。『山々崎(やまやまさき)』の50年ものなんていかがでしょう?」
「……」

 しばしの沈黙の後。
 長年親代わりをしてきたヴィッキーちゃんだが、可愛い弟を簡単に手放してしまう。

「ほれ、あげる」

 と俺にミハイルを託してくれた。
 酒さえあれば、どうにかなるんだな。

  ※

 ようやく俺の左腕に、辿り着いたミハイル。
 ベールであまり顔は見えないが、それでもエメラルドグリーンの輝きは隠せないようだ。

 俺にしか聞こえないように、耳元でささやく。

「遅れてごめんね……タクト。このドレス……じゃなかったスーツを作るのに、時間がかかって」
「なっ!? じゃ、じゃあ……しばらく会えなかった理由って?」
「うん☆ ずっとこれを作ってたから。ちゃんと間に合わせたくて☆」
 そういうことだったのか。

「でも、俺は……」
 言いかけたところで、ミハイルが俺の唇を人差し指で塞ぐ。
 今気がついたが、手にウェディンググローブをはめている。
「いいじゃん☆ 今日の結婚式は、オレがみんなに相談したから、準備してくれたんだよ? 甘えよう☆」
「みんなって?」
「ここにいる全員だよ。みんな、オレたちの結婚を祝いたいって、用意してくれたの☆ タクトには黙っていたから、ごめんね」

 俺はもう一度、後ろを振り返ってみた。
 みんな嬉しそうに笑っている。
 ミハイルの言ったことが本当なら、ここまで準備するのに相当な時間と、金を使ったはずだ。
 俺たちのために……。


「お~い! もういいか!? さっさと結婚式、やるぞ。新郎新婦?」

 司会席に目をやると、宗像先生がやる気のない顔をして、式のプログラム表を手で叩いていた。
 
 あんな顔をしているけど、先生も俺のために、牧師まで用意してくれた……。
 卒業式を短縮して、結婚式の方を優先してくれたし。
 やっぱり、俺。この高校を選んで良かった。

 愛するミハイルに、友達想いの級友たち。
 それに生徒を一番に、行動してくれる先生。

 みんなありがとう……。
 目頭が熱くなってきたけど、必死にこらえる。
 泣くなら今じゃない。この結婚式が終わってからが良い。

 覚悟を決めて、司会席にいる宗像先生へ向かって叫ぶ。

「すみません! 準備ならもう出来ました! 結婚式を始めてくださいっ!」

 気がつくと、口角が上がっていた。
 すると宗像先生が、眉間に皺を寄せる。

「なんだ? ニヤニヤと笑って気持ち悪い……さっさと式を終わらせろ。私も新宮のお父さんが用意してくれた『山々崎』を早く飲みたいんだ。みんな打ち上げが待ち遠しいんだよっ!」
「……」

 前言撤回、最低な高校でした。
 僕の学歴で、唯一の汚点になります……。
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