第82話 決戦は日曜日

文字数 3,236文字

 きょうはにちようび、ぼくはいまからだいすきなおんなのこ。
 かわいい、かわいい、アンナちゃんとえんそくにいくんだ!
 あー、おひさまがはれててよかったなぁ♪

「アホか、俺は……」
 電車内で暇だったのでラブコメ用のプロットを書いていたら、幼稚な日記になっていた。

 真島駅から二駅で目的地の梶木駅に着く。
 L●NEでアンナは珍しく先に梶木で待っているとのこと。
 俺は電車から降りて、駅舎から出る。

 すると近くから声をかけられた。
「タッくん、おはよう☆」
 振り向くと、アンナの姿が。

 今日も戦闘態勢万全だ。
 ブロンドの長髪を三つ編みにして首元で二つに分けている。
 左右にリボンがついたプリーツのミニスカートに、ピンクのレースだらけのブラウス。
 足元はピンクのローファー。
 両手には少し大きなピクニックバスケット。

 可愛い。マジ天使。
 毎回だが、見とれてしまう。
 
「ああ、おはよう。アンナ」
「じゃあ、タッくん。さっそくかじきかえんにいこう☆」
 そうだった、今日の取材はなんと遊園地。
 しかも、ただの遊園地じゃない。
 幼児向けの遊園地と言ってもいいだろう。

 なんせ幼稚園でどこに遠足に行く? と聞いたら、皆声を大にして言うだろう。
「かじきかえん!」と。
 それぐらい、おこちゃま向けなんだ。

 だからして、俺とアンナ……いや、大の男が二人して遊びに行くのはちょっとためらいがある。
 恥ずかしいんだよ、素直に。

「さ、いきましょ☆」
 アンナに強引に手を引っ張られて、梶木のセピア通りを歩いた。

 その後、通りを抜け、国道に出ると近辺にある女子大のところで細い道へと曲がる。
 女子大の校舎裏を歩いていく。
 左手を見ると線路があり、JRではなく西鉄線の小さな路線だ。
 木々と学び舎に囲まれながらしばらく道を歩いていると、かじきかえんが見えてきた。

「うわぁ、かじきかえんだよ! タッくん☆」
 目をキラキラと輝かせて、喜ぶアンナさん。
 あんた、年いくつ?
「かじきかえんだな……」
 まぎれもなく。

 遠く離れていても、子供たちの歓声や叫び声が聞こえる。
 ジェットコースターだのコーヒーカップだの……。
 と言っても、遊園地的にはレベルが低い。

 なぜならば歴史も古い遊園地だし、かじきかえんと言う名からして、元々は梶木花園という名称だったのだ。
 つまり、園内にある花々を楽しむのがかじきかえんの本来の目的と言えよう。
 だから幼児向きなんだよ。
 幼児は高層からぶっ飛ばすジェットコースターなんて必要ないだろ?
 それに乗れないじゃん。

 入口に着くと以外にも長蛇の列。
 ほぼ、家族連れ。
 それも小さな子供を連れた若い夫婦や孫を連れたおばあちゃんなど。
 カップルなんてほぼいない。
 なんか悪目立ちしてね?

 俺とアンナは園の入場券とフリーパスを購入し、門をくぐった。

 すぐに目に入ったのは観覧車。
 と言っても、大型の遊園地に比べれば、小さなものだ。

 アンナと言えば、入場する際にもらったパンフレットを開いて、「まずはどこにいこっかぁ」とワクワクしているようだ。

「どれ、俺にも見せてくれ」
 なんせ10年ぶりぐらいだかな。
 子供の時に来た時よりも遊具や施設がだいぶ変わっていた。

 地図を見て俺は驚愕した。
「なん……だと!?」
 かじきかえんという名称のあとに書かれていたのだ。
 『バルバニア ガーデン』と。
 バルバニアと言えば、バルバニアファミリーで有名な女の子向け玩具のことだ。
 ウサギやらネコやら可愛いらしい人形たちを、おままごとに遊ぶことを主体としている。

 注意、主に女の子が扱います。

「どうしたの?」
 アンナがキョトンとした顔で俺を覗く。
「だって……バルバニアファミリーがなんでかじきかえんに?」
 それもそうだ。
 かじきかえんといえば、ハチのマスコットキャラ『ピートくん』が既にいるじゃないか?
 なぜ、バルバニア?
 そんなメジャーキャラだったら、ピートくんが殺されるぞ!

「え? バルバニアがあるから来たんだよ?」
 当然のように答えるアンナ。
 マジ? それが目的なの?
「なぜだ?」
「だってバルバニア、可愛いでしょ☆ 昔から大好きだったんだぁ☆」
 あー忘れてた、姉のヴィッキーちゃんの英才教育のこと。

「つまりあれか? バルバニアとコラボしたから、かじきかえんで遊びたかったのか?」
「ううん、別にそれだけが目的じゃないよ? かじきかえんって昔はよく家族と来たから、タッくんとも来たくて……」
 どこか遠くを見るような目だ。
 きっと死んだ両親のことを思い出しているのだろう。
 つまり、家族と共有した楽しみを俺とも分かち合いたい……ということかもしれないな。

「なるほど……俺は保育園の遠足ぶりだよ。実に10年以上前だ」
 ていうか、小学生になってからは行こうとも思わなかった。
「そうなんだ☆ ならほぼ初めてみたいなもんだよね☆ アンナに任せて! ちょくちょく一人で来てるから☆」
 マジかよ! ミハイルモードでこのおこちゃま遊園地を一人楽しむとかどんだけぼっちなんだよ。
 なんかかわいそう。

「そ、そうか……じゃあ、まずどこで遊ぶ?」
「うーん……やっぱり汽車ぽっぽから始めよう!」
「え?」
 なにその遊具、そんなダサい名前の遊具聞いたことないぜ?

「ほら、あれだよ☆」
 と言って彼女が指差したところには入口からすぐ右手にある鉄道機関車。
 その名も『森の鉄道』
 いや、全然名前違うじゃん。
 改名すんなよ、アンナ。

「ああ、なんか幼い頃に乗ったことがあるような……」
 だから汽車ぽっぽなんておこちゃま用語が出てきたのか?
「そうそう、あれに乗るとテンション爆アゲだよ☆」
「へ、へぇ……」
 俺とアンナが森の鉄道に向かうとすでに先客がいた。
 主に鼻水垂らしているような赤ちゃんとかオムツがズボンからモッコリしているような、がきんちょ共。
 大人と言えば、マザーやファーザー。
 俺たちみたいな大きなお友達なんて、誰もいないぜ。

「楽しみだね、タッくん☆」
「そうだな……」
 前を見ると抱っこされた赤ちゃんが俺たちを見て、指をくわえていた。
 無言で見つめている。
 まるで、「てめぇら、来るところ間違えてやせんか?」とでも言いたげだ。
 なんかめっさ恥ずかしいし、罪悪感すら覚える。

 俺たちの番になり、大人二人がどうにか入れる機関車の中に入る。
 ギッチギチ。
 アンナの細くて白い太ももがビッタリ俺の足にくっつくほど。
 これはこれでアリだな……。
 恥をしのんで待ったかいがあったってもんだぜ。

「それでは、よいこのみなさーん! しゅっぱつしますよ! 立ったり暴れたりしないでくださいね~!」
 スタッフが律儀にも事故のないよう、注意してくれる。
 この年で暴れたら、ヤバいやつだろ……。

「しゅっぱーつ! いってらっしゃーい!」
 ポーッという音と共に汽車は走り出した。
 と言っても、ものすごーく緩やかなスピードで。
 
「走ったよ☆ タッくん!」
「そ、そだね」
 正直浮いていた。

 走り出すと外で待っている幼い子供たちやお父さんお母さんたちがじーっと俺たちを物珍しそうに見ていた。
 別に悪意なんてないのだろうが、明らかにこの遊具は幼児向けだからな。
 待っている身からしたら、「お前らの遊ぶとこじゃねーだろ」と突っ込みたい気持ちがよくわかる。

 そんな俺の葛藤をよそにアンナは嬉しそうに汽車ぽっぽを楽しんでいた。

 機関車と言ってもそんなに敷地があるわけでもなく、所々にバルバニアのキャラやピートくんの人形が立っていて、それを子供たちが指差して「あーあー」だの「バルバニ!」だの興奮して叫んでいた。
 そう、やはりここは俺たちのような第二次性徴を終えた人間の遊ぶところではない。
 だがアンナちゃんは違う。

「見て見て! バルバニアだよ! 可愛い~」
 そう言って、スマホで写真を撮る。
 やめてぇ、アンナさん。
 なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。

 かじきかえん先輩、思った以上に難易度高めです。
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