第425話 繰り返される歴史

文字数 2,773文字


 ミハイルからもらった大量のおせち料理とお雑煮などを、複数回に分けて、二階へと持ってあがる。
 こんなに豪華なお正月は、初めてだ。

 最近の年末年始と言えば……母さんが料理どころじゃないから。
 精々妹のかなでが、近所のスーパーで買ってきたオードブルぐらい。
 
 テーブルの上に、全て並べてみたが。
「こ、これは……」
 試しに重箱を開いてみたら、なんと煌びやかな料理が、ギッシリと詰まっていた。

 数の子から田作り。たたきごぼうと紅白のかまぼこ。
 だてまきに、くりきんとんまで。
 それから、鯛の塩焼きに、大きな海老。
 他にも、色んな野菜を使った酢の物や昆布などが、盛りだくさん……。

 愛がっ……愛が溢れ出ている!

 俺はそれに気がついた時、瞼が熱くなり、涙がこぼれそうになった。
 だって、こんな人間味のある料理は、久しぶりだから!
 母さんだって、こんなおせちは、作ったことないもん。

 ありがとう、ミハイルママ!
 大しゅき。
 いかんいかん、あまりの感動から、幼児退行しそうになっちまったぜ。

  ※

 明日というか、もう来年だが。ミハイルの料理を食べるのが、とても楽しみになってきた。
 テーブルに並んだおせち料理を眺めながら、ひとり頷いていると……。

 一階の方から、何やら物音が聞こえて来た。
 なんだろう……と階段の方を覗き込むと。
 背の高い大きな男が、のしのしと音を立てて、階段を昇って来る。

 泥棒かと思ったが、違う。
 半年ぶりの再会で驚きはしたが。

「親父……」
「よう、タク! 元気してたか?」

 久しぶりに会った親父は、相変わらず、汚かった。
 黒く長い髪を首元で結っているが、汗でベタついている。
 くたびれた皮ジャンに、色あせたジーパン。
 つぎはぎの肩掛けリュックを背負って、ニカッと笑っていた。

 忘れていた。
 このニート親父が、年末年始に帰宅することを。

  ※

「おろ? この料理は琴音(ことね)ちゃんが作ったのか」
 そんな訳ないだろ! と叫びたかった。
 しかし親父は、あまり母さんの“そういう姿”を見たことがない。
 ちゃんと説明しないとな。

「違うよ。ダチが……その、俺のために作ってくれたんだ……」
 なんか言っていて、すごく恥ずかしかった。
「タクのために? どうして野郎同士で、こんな愛のこもった料理を作るってんだ?」
「うぅ……それは」
 返答に困っていると、親父は急にリュックを投げ捨て、俺の肩を強く掴んだ。
 そして、俺の顔をじっと見つめる。
 普段のチャラついてる親父とは違う。とても真剣な眼差しだ。

「タク。お前、ひょっとして……」
 何かを言いかけたところで、廊下の奥から母さんが現れた。
「六さん! 帰っていたの!?」
 母さんも一人の女性だ。
 毎晩、BLで寂しさを紛らわしていたのだろう。知らんけど。
 親父を見るや否や、愛する旦那様の胸に飛びつく。

 それを見た親父も優しく頭を撫でて「ただいま」と囁く。
 母さんは、親父の胸の中で涙を流しながら「おかえりなさい」と答えた。

 なんだかな……こういうのは、息子の前でやって欲しくないね。

  ※

 母さんがまだ親父に甘えようとしていたが、珍しくそれを断る。
「悪い、琴音ちゃん。ちょっと、タクと大事な話があるんだ」
「え? タクくんと?」
「ああ。男同士、裸の付き合いってやつさ。風呂沸いているかい?」
「ええ……沸いてますけど。お風呂なら、私と一緒に入ってくださいよ」
 とアラフォー女子が、唇を尖がらせる。
「まあまあ、二人の時間はあとでたっぷりね。琴音ちゃん♪ それにお風呂でキレイにしないとさ」
「やだぁ~ 六さんたらっ!」
 そう言って、母さんは親父の頬を軽くペシっと叩く。
 
 ごめんなさい。
 とても、しんどいのでこの場から早く離れたいです。

 結局、なんでか知らないが、親父が言うので。
 二人で一緒に、お風呂へ入ることになった。
 
  ※

 狭い脱衣所だ。
 大きくなった俺と親父が二人で服を脱ぐだけでも、お互いの肌がぶつかってしまう。
 ふと、親父の背中を見ると、傷だらけだった。
 なんだかんだ言って、このおっさんもヒーローだってことを痛感する。
 その分、自分の家族が苦労しているんだが。

 親父の後ろ姿を眺めていると、視線に気がついた六弦(ろくげん)が、目を丸くした。

「どうした? そんなに俺のおてんてんが、気になるか?」
「そんなわけあるか!」
 ミハイルのなら、別だがな。
 怒りを露わにする俺を見て、ゲラゲラ笑い始める。
「ハハハッ! 相変わらず、タクはおもしれぇな!」
「どこがだよ!?」


 軽く身体を洗い終えると、湯船に浸かる。
 それは別に、普段と変わらないんだけど……。

 親父の野郎が、目の前に座っている。
 つまり狭い湯船に男たちが、仲良くつかっているということだ。
 おかしくね?

「親父……話ってなんだよ」
 俺から切り出してみた。
「そのことだが……タク、お前。童貞、捨てたろ?」
 いきなりそんなことを言われたので、大量の唾を親父へ吹き出してしまう。

「ブフーーーッ!」

 息子に唾を掛けられても、怯むことなく。真剣な眼差しで、俺を見つめる。
 どうやら、答えが知りたいらしい。

「タク。今のお前を見て、すぐに分かったんだ。童貞を捨てた時の俺と、同じ顔をしている」
 えぇ……。
 捨ててないけどなぁ。
 親からすると、そんな風に見られているのか?
「い、いや……捨ててないよ?」
 視線は逸らしたまま答えた。
「んん? その顔つきで童貞だと? 嘘くせぇな。じゃあアレか? キスとかハグとか?」
 鋭い!
 全部当たってる。でも、相手はミハイルなんだよ。
 言えるか……男としただなんて。

「そ、それは……」
 言いかけたところで、親父が急に笑い始めた。
「ハハハッ! 悪い悪い! タクも18歳だよな? そんな年頃だろう。野暮なことを聞いてすまん」
「なんなんだよ、いきなり……」
「悪いって。思い出したんだよ。俺と琴音ちゃんが、初めて出会ったあの頃を」
「へ?」
 照れくさそうに、鼻を人差し指で擦りながら、話し始める。

「俺は東京生まれでさ。中学校を卒業した後、日本中を旅していてな。日雇いのバイトで食いつないでたのよ。その時、たまたま博多駅で女子高生に一目惚れしてな」
 なんか急に語り出したけど。まさか……。
「その時に口説いたら、琴音ちゃんが『腐女子ですけどいいですか?』って言うから。関係ないねって、駅前のラブホテルに連れ込んでさ」
 えぇ……。
「俺も童貞だし、琴音ちゃんも初めて。それでお互い燃え上がって、出来たのが。お前だ。タク」
「……」
 絶対に聞きたくないエピソードだった。

「ところで、ラブホテルの前にあったラーメン屋って、まだあんのかな? 夜明けに琴音ちゃんと食ったら、まあ美味くてよ。また行きてぇな」

 こいつが18年前にやったことを、息子の俺が。繰り返していたなんて。
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