第410話 うちの母ですか? 75↑(腐)ですよ……。

文字数 2,220文字


 俺は事前に、今日のデートプランを考えていた。
 クリスマス会での事件。彼女……いやミハイルは深く傷ついている。
 だから、少しでも忘れて欲しくて。
 インターネットを使い、色んなデートスポットを検索。

 そりゃ、欲を言えば、夜景の見えるレストランで、ワイン片手に乾杯。
 盛り上がったところで、予約していたホテルへと連れて行き……。

 なんて、テンプレみたいなデートも考えてみたが。
 俺たちはまだ未成年だ。
 酒も飲めないし、お泊りっていう行為も許されないだろう。

 あくまでも、健全な10代のデートで、一番最高な場所。
 童貞の俺が考えに考え抜いた上で、たどり着いた目的地は……。


「きゃあああ! 寒いぃぃぃ!」
 予想以上にクッソ寒い場所だった。
「ま、マジで寒すぎるな……」

 以前、ゴールデンウィークの時に取材として、来たことがあるところだ。
 博多駅からバスに乗って、数十分。

 博多ドームの最寄りにある海水浴場。
 百道(ももち)浜だ。


 普段なら、観光客がたくさんいるのだが、12月も終わりを迎えようとしているこの時期、誰もいない。
 極寒だし風も強いので、正直吹き飛ばされそう。

「いやぁ! スカートがめくれちゃいそう」
「え?」
 砂浜で一生懸命、スカートの裾を抑えているアンナをじっと眺める。
 パンツが見えるなら、ここに連れてきて正解だったかも?
「タッくん。ここ、寒すぎるよぉ! どこにあるの? 景色がいい所って」
「すまん……海も見たいかなって思ってな。連れて来たが……この天気じゃな」

 今度、強風の時。また、百道浜に連れてこよっと。
 カメラを持って!

  ※

 あまりの寒さと強風に、歩くことも難しかったため、俺たちはすぐに海水浴場を退散する。
 そしてすぐ裏にある巨大な建物へと向かう。

 近くにある博多ドームが横に広いとするならば、このタワーは縦に長い。
 アンナの誕生日を祝うデートスポットとして、俺が選んだのは……。

「ここなの? タッくん☆」
「ああ。そうだ……」

 2人で目の前にそびえ立つガラス張りの建物を眺める。
 ただし、海からの潮風をバシバシと直撃している状態で。
 アンナなんか、長く美しい金色の髪が乱れまくりだ。
 顔が見えないほど、暴れまくっている。
 メデューサみたい……。

「と、とりあえず、中に入ろう」
「うん☆ 寒いもんね……」

 誕生日だってのに、なんだか可哀想だ。

  ※

 入口の自動ドアが開く。
 タワー内部は、暖房が効いていて、とても暖かく、また静かでもあった。
 建物の作りとしては、至ってシンプル。
 逆三角形の形をしている。
 入って左側が入場券売り場。
 右側がお土産などを販売しているアンテナショップ。

 久しぶりに来たこともあってか、記憶が曖昧だ。
 建物の中はこんなのだったか……?
 もうかれこれ、10年以上来たことがない。
 
 まだ幼かった俺は、母さんに手を引っ張られて、2人でタワーへと昇った。
 別に母さんは博多タワーから観られる景色を、俺に見せたかったわけじゃない。
 あくまでも、コミケの帰り。付近にある博多ドームのついで。

『さあ、タクくん。福岡で一番高い絶景の場所。博多タワーで今日狩った同人本を研究しますよぉ♪』

 そう言って、福岡のてっぺんで薄い本をビニールシートの上に、広げていたっけ。
 もちろん、他のご家族からは、汚物を見るかのような目つきで睨まれたが……。
 まだ善悪の区別ができなかった俺は、母さんのいいなりだった。

『お母たん。こ、これ……“兜”て読むんでしょ?』
『そうよぉ、よく読めたわねぇ。タクくん、まだ3歳なのにねぇ。将来、有望なBL作家になれるわよぉ~』
 優しく頭を撫でられて、俺は喜び……。
『か、兜は……合わせるんだよね?』
『天才よ、タクくん!』

 今思えば、ただの虐待だった。
 急に悪寒が走る。
 いかんいかん……今日は、アンナの誕生日。
 酷いフラッシュバックで台無しにするところだった。

 頭を強く左右に振る。嫌な思い出を忘れるために。
 異常に気がついたアンナが、俺の袖をくいっと引っ張る。

「タッくん? どうしたの? 風邪でも引いた」
「いや……つまらん過去だ。忘れていたと思ったのに、な」
「え? まさか、他の女の子とタワーに来たことがあるの?」
 不安気に自身の唇を、白い手で抑える。
「正確には、女の子ではない。母さんという化け物だ……」
 その答えを聞いたアンナの口元が緩む。
「なんだぁ~ タッくんのお母さんなら、悪い事なんてないじゃん☆」

 いいえ。幼少期のトラウマなんですけど。
 コミケの度、人様に迷惑をかけまくって、とても辛かったです……。

 
 昔話はさておき、とりあえず、目的地であるタワー上部は、遥か彼方だ。
 そして、有料だ。
 俺はアンナにエレベーターの前で、待つように頼む。

 今日は誕生日だから全部、俺が奢りたい。
 彼女に黙って、入場券を2枚購入し、あたかも無料でもらったかのような振る舞いを見せる。
 そうでもしないと、アンナは誕生日でもお金を気にするから……。

「待たせたな。実は新聞配達の店長から、2人分の無料チケットをもらっていてな」
 しれっと嘘をつく。
 大人で上司の店長なら、アンナも逆らえまい。
「そうなの? じゃあ、お返しにお土産を買っていかないとね☆」
「うぅ……」

 どうあっても、格好つけさせてくれないのか?
 仕方なく、彼女の言う通りにお土産を買って帰ることにした。
 無関係の店長じゃなく、母さんと妹のかなでにだが……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み