手と手~三景~(2023.7③)

文字数 1,013文字

一.待ち人

待ち合わせは
いつも悩む

早く行くべきか
遅く行くべきか

真面目に思われたくない
不真面目にも思われたくない

だから
待ち人が
現れるのを
ビル影で待つ

見つけたら
見計らって
歩き出す


ある日、
待ち人が
現れるのを
ビル影で待とうとしたら
先客が

気づかれないように
後戻りして
駅から最短距離で
待ち合わせ場所に向かう

待ち人が
見計らって
歩いてくる

わたしは
なんだか
とても
照れる

わたしが
左手を軽く上げると
彼は
右手を大きく振った

この人
なのかも
しれない

ついに
待ち人
現わる


二.つなぐ幸せ

君と
歩く

並んで
手をつなぐ

幸せが
満ち足りて
足取り
軽く
どこまでも
いつまでも

あっ

ついつい
強く握りしめ
君は
顔を顰める

なかなか
緊張が解けない
たぶん
死ぬまで
緊張は解けない

力加減が
分からない男で
ごめん

ずいぶん長く
ともに
歩いてきた

ふたりの道は
どこまで
いつまで
続くのだろう

手をつなぐことを
恥ずかしいと
思っていた男が
手をつなぐことを
嬉しいと
思うようになった

君と
出会えて
良かった

いつか
僕が
逝く時には
いつものように
僕の右手を
左手で握って欲しい

今日
この見知らぬ町を
歩いたことも

初めて
手をつないで
歩いた景色も

きっと
思い出し

幸せに
満ち足りて
足取り
軽く
ひとり
歩いて逝くから

あっ

君が
思い切り
手を握りしめ
僕は
顔を顰める

上の空で
何を考えていたの?
と睨まれ

君と
手をつなぐ
幸せについて
とは言えずに
照れながら
苦笑いしたら
君の左手は
静かに離れてしまった


三.別れの朝

夜が終わり
朝が始まります

昨朝は
いたのに
今朝は
いない

ついさっきまで
生きていたのに
あなたは
死んでしまいました

まだ
悲しさに
たどり着かないまま
あなたの死について
受け入れを拒否して
わたしは黙り込む

けれど
手続きが
手慣れた他人によって
進められていきます

どうやら
わたしは
座っているだけで
いいみたいです

ときどき
はい、いいえ、お願いします
と適当に発しているのは
わたしではないわたしです

あなたは
朝から牛丼を食べる
ような人でした

わたしは
朝から牛丼を食べる
ことはできません

なのに
死んだのは
あなたです

 すみません
 お腹が減ったので
 何か食べてきます

わたしは
朝から牛丼を食べる
ことはできませんが
今朝は食べられるような気がします
いや、今朝は食べたいと思うのです

良くあることなのか
他人の複数人は
顔色一つ変えずに
どうぞ、どうぞ
と許してくれます

どうやら
わたしは
座っていなくても
いいみたいです

胸元で
組まれた
あなたの
手と手

道沿いの
牛丼屋へ
歩き始めたら
左手が
淋しくて
思い出が
悲しみとともに
溢れ出しました
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み