行き先(2022.12.14)

文字数 831文字

このバスはどこへ行くのですか? と聞かれて、はじめて私はバスに乗っていることを知り、私にも分かりませんと答えて、どうしてバスに乗っているのかも分からないのです、と吐き出したら、実はバスに乗っているのかどうかも分からずに聞いたのです、と更に上を行かれてしまい、バスではないのかもしれない、という新たな疑問が増える。周りを見ても、知り合いは誰もおらず、みんな一人らしいので、記憶にないだけで一人旅専門ツアーに参加したのかもしれない、と考えるようにしたのだけれど、そんなものに今まで参加したこともなく、ツアーだったら一人旅ではないだろうと、一人で話を拗らせ一人で笑う。何がおかしいのですか? と隣の人が聞くので、一人旅専門ツアーの話をしたら、あぁそれなら僕も考えましたと苦笑いするので、面白いと思って笑った自分が恥ずかしくなり、一緒に苦笑いする。何かに乗って揺られていることは分かるが、窓の外は暗闇で何も見えない。

戻って、お願い
お願いだから、戻って

耳に突き刺さる叫び声と、折れるのではないかと思うほどに握り締められた手の痛みで、私はベッドに横たわり機械に囲まれた私にするりと潜り込む。


久しぶりの旅行で水陸両用バスに乗り込み、あれは三途の川を渡る水陸両用バスだったのではないかと思いつき、一人頷く。誰に頷いているの? 叫び声をあげて手を握ってくれた女が声を掛けてくる。私は何も言わずにそっと手を重ねる。このバスはどこへ行くのですか? と聞いた隣の人はどうしたのだろう。私のように呼び戻されたのか、それともそのまま真っ暗闇に揺られて、光り輝くどこかへ消えたのか。お花畑の話は聞くけれど、水陸両用バスの話は聞いたことがないので、あれは単なる夢だったのかもしれない。遠い昔のように思えるが、わずか半年前の出来事である。


このバスはどこへ行くのですか? 手を重ねた女が私に聞くから、空いている左手で胸ポケットを探すが、チケットは見当たらない。いったい、私たちはどこへ行くのだろう。
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