赤い自転車(2022.4+α)

文字数 369文字

赤い自転車が
家の前に
置かれている
名前を見ると
わたしの旧姓が
ひらがなで書いてあり
癖のある父の筆跡だと思ったら
ふいに風が吹いて
赤い自転車は消えた

ママ、早くしないと遅れるよ
息子の声がするけど
姿が見えない

喪服で玄関を出たはずなのに
わたしが
赤い自転車に乗って
ゆらゆらするのを
父が支えてくれる
姿は見えないけど
間違いなく存在する
ふいに風が吹いて
息子の姿が現われる

父の通夜に
わたしは向かうのだ

昨日、病院で看取ったはずなのに
父はずるい

死んだら
自由に
移動できるのか
夢だけでなく
現にも
時間を超えて
姿を匂わせる

買ったばかりの
赤い自転車に
父とわたしの思い出が
詰まっている

ゆらゆらと揺れるわたし
手を離すぞ
どっしりとした父の声

あの瞬間から
わたしは
一人で生きているつもりになったが
ずっと
見守られていたのだ

ママ、どうしたの?
息子に手を握られて
自分が泣いていることに
気づいた
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