第40話 歩夢
文字数 1,559文字
歩夢は、父親を迎えに行けないと理沙に連絡した。逢えば説得どころか喧嘩になるかもしれないと言って。実際そう思った。
美沙に話したら、「連れ戻しに行ってあげれば。お母さまが望んでいるのなら」と言ったが、あとはあまり口出ししなかった。
結局、理沙が母を伴って行くことになった。歩夢は懐疑的だった。説得を聴いてくれるかどうか。来ても母と上手くやっていけないだろう。
それにしても、家のお金を持ち出し、よその女と逃げた夫を許せるのか。帰って欲しいと思う母の気持ちが解らない。ま、二人の問題だから、いいけど。
歩夢は醒めていた。今は、光談社のコンテストの方が気がかりだ。
親子の情を忘れている自分に気が付いていない。
光談社の吉永さんから再度電話があったのは二週間後だった。
歩夢は、相手の声を聞いたときドキリと心臓が動いた。つばを飲み込み、話を待つ。
「審査の結果から申し上げます。今回は、該当する作品は無しということになりました」
歩夢は胸がすーっと縮んで、力が抜けた。期待を持たせることを言っていたけれど、甘かったか。
「そうですか。解りました。連絡ありが――」
途中で、吉永さんが遮った。
「ですが、深田さん。編集者と先生方の一部から、このまま埋もれさせてしまうには惜しい作品が三点あるという意見が出ました。……その一つが『ある逃避』です」
え、どういうことだ。
「それらの作品を弊社の『文芸光談』に掲載することにしました。特集『もう一歩の三人』として」
吉永さんは続けた。
「掲載するにあたって、若干作品を修正していただきたいのです」
校正というより、話の前後の齟齬や季節描写などに手を入れたいと言う。
編集者として、吉永さんがアドバイスするとのこと。
話が終わると、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。と言って電話を切った。
「落選ではないのね」
電話の初めと終わりで歩夢の表情が違ったので、美沙はどういう表情をしていいのか判らないようだった。心配げな顔をしている。
「うん、落選ではない。でも賞をとってもいない」
「え……。二位、佳作とか?」
「いや、違うけどさ」と言って、にやりと笑みを見せた。
喜んでくれ。雑誌に載るんだよ。ぼくの小説が。文芸光談って知っている? そう言って、歩夢は吉永さんからの電話の内容を説明した。
数日後、朱入れされた歩夢の作品が送られてきた。郵送と電話で何度かやりとりをして掲載する小説が完成した。歩夢のパソコンにインターネット環境がないのでその方法になった。でも、朱文字が入れられている作品を見るといかにも「小説」を直している感じがして、むしろ楽しかった。
そうして年が明けたある日、店に倍賞専務がやってきた。倍賞専務はときどき各店を廻って陳列などを見ていく。よく石原さんのPOPを褒めていく。今回も褒めていたら石原さんが、このフレーズは高橋くんです、と言って歩夢を見た。歩夢は嬉しかった。石原さんに言われたことが。
専務は振り返って、「あら、そう。高橋くん、いいフレーズよ。センスいいわね」と言い、
「あー、そうだった。あなたの小説を読ませてもらうんだったわね。来週また来るから、持ってきておいてちょうだい。ずいぶん経っちゃったけど」と言った。
「はい、ありがとうございます」
歩夢はそう言って、あのことを知らせようと思った。
「あ、専務」
自慢気な顔にならないよう気を付けて、
「それよりその小説、来月号の文芸光談に載るんです。そちらを読んでもらったほうが」
「え~、何なに」
専務はぐっと近づいて、どんなことなの! と目を大きくして訊いてきた。
歩夢は成行きを説明した。
「すごいじゃない。その雑誌、沢山売りましょう。それと先に読みたいから、やっぱり持ってきて」
にっこり笑って歩夢の肩を叩いた。
美沙に話したら、「連れ戻しに行ってあげれば。お母さまが望んでいるのなら」と言ったが、あとはあまり口出ししなかった。
結局、理沙が母を伴って行くことになった。歩夢は懐疑的だった。説得を聴いてくれるかどうか。来ても母と上手くやっていけないだろう。
それにしても、家のお金を持ち出し、よその女と逃げた夫を許せるのか。帰って欲しいと思う母の気持ちが解らない。ま、二人の問題だから、いいけど。
歩夢は醒めていた。今は、光談社のコンテストの方が気がかりだ。
親子の情を忘れている自分に気が付いていない。
光談社の吉永さんから再度電話があったのは二週間後だった。
歩夢は、相手の声を聞いたときドキリと心臓が動いた。つばを飲み込み、話を待つ。
「審査の結果から申し上げます。今回は、該当する作品は無しということになりました」
歩夢は胸がすーっと縮んで、力が抜けた。期待を持たせることを言っていたけれど、甘かったか。
「そうですか。解りました。連絡ありが――」
途中で、吉永さんが遮った。
「ですが、深田さん。編集者と先生方の一部から、このまま埋もれさせてしまうには惜しい作品が三点あるという意見が出ました。……その一つが『ある逃避』です」
え、どういうことだ。
「それらの作品を弊社の『文芸光談』に掲載することにしました。特集『もう一歩の三人』として」
吉永さんは続けた。
「掲載するにあたって、若干作品を修正していただきたいのです」
校正というより、話の前後の齟齬や季節描写などに手を入れたいと言う。
編集者として、吉永さんがアドバイスするとのこと。
話が終わると、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。と言って電話を切った。
「落選ではないのね」
電話の初めと終わりで歩夢の表情が違ったので、美沙はどういう表情をしていいのか判らないようだった。心配げな顔をしている。
「うん、落選ではない。でも賞をとってもいない」
「え……。二位、佳作とか?」
「いや、違うけどさ」と言って、にやりと笑みを見せた。
喜んでくれ。雑誌に載るんだよ。ぼくの小説が。文芸光談って知っている? そう言って、歩夢は吉永さんからの電話の内容を説明した。
数日後、朱入れされた歩夢の作品が送られてきた。郵送と電話で何度かやりとりをして掲載する小説が完成した。歩夢のパソコンにインターネット環境がないのでその方法になった。でも、朱文字が入れられている作品を見るといかにも「小説」を直している感じがして、むしろ楽しかった。
そうして年が明けたある日、店に倍賞専務がやってきた。倍賞専務はときどき各店を廻って陳列などを見ていく。よく石原さんのPOPを褒めていく。今回も褒めていたら石原さんが、このフレーズは高橋くんです、と言って歩夢を見た。歩夢は嬉しかった。石原さんに言われたことが。
専務は振り返って、「あら、そう。高橋くん、いいフレーズよ。センスいいわね」と言い、
「あー、そうだった。あなたの小説を読ませてもらうんだったわね。来週また来るから、持ってきておいてちょうだい。ずいぶん経っちゃったけど」と言った。
「はい、ありがとうございます」
歩夢はそう言って、あのことを知らせようと思った。
「あ、専務」
自慢気な顔にならないよう気を付けて、
「それよりその小説、来月号の文芸光談に載るんです。そちらを読んでもらったほうが」
「え~、何なに」
専務はぐっと近づいて、どんなことなの! と目を大きくして訊いてきた。
歩夢は成行きを説明した。
「すごいじゃない。その雑誌、沢山売りましょう。それと先に読みたいから、やっぱり持ってきて」
にっこり笑って歩夢の肩を叩いた。