第20話 歩夢
文字数 1,458文字
同じボランティア活動をする人と時折話をする。五日前から一緒にしているその人は明日からは来ないそうだ。来週から仕事をするとのこと。
その人は、選り好みしなければ仕事はある、と言った。
確かにそうだ。歩夢もいつまでもボランティアを続けるつもりはない。出勤しなくても給料が貰える一ヶ月間だけ、と考えていた。今までの貯えに、今日理沙が寄こしたお金が加わったが、仕事をしないではいられない。
いつまでも美沙さんの処に住まわせてもえることが出来ないのは解かっている。でも、まだ世話にならざるを得ない。
コーポひまわりに帰る途中で菓子店に寄って、ケーキの詰め合わせを買った。自転車の籠に入れる。こいで走ると崩れるので、押して歩く。心ばかりだが、現金も添えてお礼をしよう。
あの日、「ここに住めばいいのよ」と言われたとき、素直に助かったと思った。
ぼくに気があるのかな? とも思ったがすぐ打ち消した。そんなことがある訳がない。つけあがってはいけない。美沙さんは純粋に優しさ、同情で言ってくれたのだ。間違っても変な気を起こしてはならない。
と、歩夢の理性は諭す。けれど――。
歩夢が物心ついてから、共に過ごした ことがある女性は、二人いる。――言葉の意味どおり、過ごした、ということだ。
一人は、大学の文芸サークルの先輩、深田さん。
もう一人は、歩夢が高校とき、同じ編集委員だった綾瀬さん。編集委員は生徒会新聞と生徒会誌を作る。同学年で一年のときからよく話をした。一緒に見出しや写真のコメントを考えた。歩夢が書き溜めていた小説を見せたら賛嘆して、あたしのも見て、と自分のも持ってきた。互いの作品を読み、感想を述べ合うのは楽しかった。二年のときに発行した生徒会誌には、相手の作品からそれぞれ選び、載せた。歩夢は短い小説。綾瀬さんは随想だった。三年生の委員は二学期には退 めるので、勝手がきく。
三年になって、新聞の夏季号を発行し終え、通例に従って編集委員を辞めることになった。歩夢は、退めた後も綾瀬さんとの時間を持ちたくて、交際を申し込んだ。
だが、
「受験勉強をしなければならないので、難しいわ」と、言われた。
当然受けてくれると考えていたので、『難しいわ』を都合よく解釈した。
「受験勉強はぼくもするわけだし、勉強の妨げにならないように出来るんじゃない」
編集委員は、他の部のように毎日活動をしているのでない。今までも勉強は出来ていたので、そう言った。
「あたし、他の子たちよりも遅れているの。断る」
意表外の言葉にうろたえて、
「えーと、そんな頻繁でなくて……。学校帰りにたまに話をするだけなんだけど」
ふらふらと言った。
諦めが悪いと思われたのか、
「高橋くんのために時間は取れないよ」
それに、勘違いされると困るので言っておくけど、あたしは高橋くんを特別な人だとは思っていないの、と言われた。
綾瀬さんには友達が多いことは知っていたが、男友達も何人かいたことを後で知った。むしろそちらとは個別に会ったりしていたそうだ。
歩夢には目の先しか見えていなかった。
だからか、深田さんは憧れとしか見なかったのだ。
打算だった。
美沙さんと何事もなく過ごしたのは。
――欲心を表して、美沙さんの部屋に居られなくなることを避けたかった。寝泊まりする場所の問題だけでなく、住所が定まっていないと就職に支障をきたすこともある――からだ。
だが、美沙さんのことが大きく心を占めている。これは、情愛? いや情欲か。
確かなことは、感謝の気持ちは嘘でないこと。
その人は、選り好みしなければ仕事はある、と言った。
確かにそうだ。歩夢もいつまでもボランティアを続けるつもりはない。出勤しなくても給料が貰える一ヶ月間だけ、と考えていた。今までの貯えに、今日理沙が寄こしたお金が加わったが、仕事をしないではいられない。
いつまでも美沙さんの処に住まわせてもえることが出来ないのは解かっている。でも、まだ世話にならざるを得ない。
コーポひまわりに帰る途中で菓子店に寄って、ケーキの詰め合わせを買った。自転車の籠に入れる。こいで走ると崩れるので、押して歩く。心ばかりだが、現金も添えてお礼をしよう。
あの日、「ここに住めばいいのよ」と言われたとき、素直に助かったと思った。
ぼくに気があるのかな? とも思ったがすぐ打ち消した。そんなことがある訳がない。つけあがってはいけない。美沙さんは純粋に優しさ、同情で言ってくれたのだ。間違っても変な気を起こしてはならない。
と、歩夢の理性は諭す。けれど――。
歩夢が物心ついてから、共に
一人は、大学の文芸サークルの先輩、深田さん。
もう一人は、歩夢が高校とき、同じ編集委員だった綾瀬さん。編集委員は生徒会新聞と生徒会誌を作る。同学年で一年のときからよく話をした。一緒に見出しや写真のコメントを考えた。歩夢が書き溜めていた小説を見せたら賛嘆して、あたしのも見て、と自分のも持ってきた。互いの作品を読み、感想を述べ合うのは楽しかった。二年のときに発行した生徒会誌には、相手の作品からそれぞれ選び、載せた。歩夢は短い小説。綾瀬さんは随想だった。三年生の委員は二学期には
三年になって、新聞の夏季号を発行し終え、通例に従って編集委員を辞めることになった。歩夢は、退めた後も綾瀬さんとの時間を持ちたくて、交際を申し込んだ。
だが、
「受験勉強をしなければならないので、難しいわ」と、言われた。
当然受けてくれると考えていたので、『難しいわ』を都合よく解釈した。
「受験勉強はぼくもするわけだし、勉強の妨げにならないように出来るんじゃない」
編集委員は、他の部のように毎日活動をしているのでない。今までも勉強は出来ていたので、そう言った。
「あたし、他の子たちよりも遅れているの。断る」
意表外の言葉にうろたえて、
「えーと、そんな頻繁でなくて……。学校帰りにたまに話をするだけなんだけど」
ふらふらと言った。
諦めが悪いと思われたのか、
「高橋くんのために時間は取れないよ」
それに、勘違いされると困るので言っておくけど、あたしは高橋くんを特別な人だとは思っていないの、と言われた。
綾瀬さんには友達が多いことは知っていたが、男友達も何人かいたことを後で知った。むしろそちらとは個別に会ったりしていたそうだ。
歩夢には目の先しか見えていなかった。
だからか、深田さんは憧れとしか見なかったのだ。
打算だった。
美沙さんと何事もなく過ごしたのは。
――欲心を表して、美沙さんの部屋に居られなくなることを避けたかった。寝泊まりする場所の問題だけでなく、住所が定まっていないと就職に支障をきたすこともある――からだ。
だが、美沙さんのことが大きく心を占めている。これは、情愛? いや情欲か。
確かなことは、感謝の気持ちは嘘でないこと。