第1話 ホテル・セントラルフォレスト

文字数 901文字

 グラスは、自動洗浄機で洗ったあとでも拭かなければならない。
 一ラックに六×六、三十六個。グラスが伏せられたラックはコンベアロールに乗ってステンレスカバーの食器洗浄機の中に入る。中では洗剤とお湯が噴き出る。次へ流れると熱湯が強く噴射してゆすいでいく。半透明な樹脂ののれん型カーテンを抜け出ると、大型扇風機の風が乾かす。昨年アルバイトしていたZALホテルの洗い場のことを思い出す。ここの洗浄機は不具合があるのだろうか。皿類では見えないが、グラスには付着した洗剤が、白くところどころ残っている。高橋歩夢がグラスを拭いていると、「そろそろ会議が終わるぞ、急いで」と聞こえた。山本主任だ。壁の時計に目をやると二時半を過ぎた。孔雀の間で行われている会議は三時までの予定だ。それが終わると、同じ宴会場で「企画部退職者を送る会」がある。五時までに会議会場からパーティー会場にセッティングしなおさなければならない。百人ほどの立食パーティーだがグラスは三百個も使う。あと二ラック。歩夢は一心に拭く。少し首が疲れた。ぐるりと回す。――と、めまいを感じた。

 伝票だけを見て打ち込む。間違うことはない。モニターは一定程度打ち込んでから確認のために見る。数字のみ打つときは、パソコン付属のキーボードテンキーは使わない。自前でテンキーボードを買って繋いでいる。
 そろそろ三時だ。お茶の準備をしなければ。女子がお茶を入れる習慣、いつまで続くのだろう。時代遅れなんだよな、この会社。小関美沙はそう思いながらも事務室隅にある給湯室へ向かう。一年後輩の人事課の咲江も隣に立つ。この事務室は人事、経理、管理の課が一緒になっている。デスクワークをしている人を確かめながら、戸棚からそれぞれの茶碗やコーヒーカップを出して並べる。人によってお茶、コーヒーなどと飲むものが違う。すぐ慣れたが、当初なんて面倒なんだろうと思った。「コーヒーは六人ね」と、言って咲江がコーヒーの粉をメジャーカップでフィルターに入れる。「今日は僕もコーヒーにして~」奥で誰かが言う。美沙はそちらを見た。壁の時計が目に入った。二時四十六分――。突然ぐらりと床が持ち上がった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み