第41話 美沙

文字数 1,260文字

 新社長と支配人とのコンビは上手くやっているようだ。地元経済も徐々に回復し、客も大分戻ってきている。池田社長は社員とのコミュニケーションの取り方が上手い。
 池田社長は機会を作っては一般社員ともよく話をする。美沙には、今の経理の仕事も買っているが、別の部署でも力が発揮出来るのでないか、と言った。
 そんなー、あたしには会計こそ向いているのに――。軽い会話だったので本気ではないだろうとは思った。でもやっぱり総務がいいな。残業も少なく、定時で帰れるし。歩夢と過ごす時間が少なくなるのは困る、と考えたりした。

 お正月。実家に帰った。
 五日間の帰省だ。他の部署の社員には悪いけど、正月やお盆に休みを取れるのも総務だからだ。歩夢とお正月を迎えたかったけれど。
 帰らないと両親に要らぬ心配をかけてしまう。それに、歩夢は正月も仕事がある。
 待ってましたとばかりに、父親はあれこれ訊いてくる。六月に帰ったときおつき合いしている人がいると話したので、かなりしつこく訊く。美沙は、以前のように邪険にしないで上手く応えてあげる。彼、仙台で就職したのと言ったら、がっかりした様子だった。本気で地元に就職させようと思っていたのか。結婚の話などしてないのに。ま、考えないわけではないけれど。
 歩夢と暮らしていることはおしえていない。言えば怒るだろうか。いや、有無を言わせずすぐ結婚させられる、だろう。
 今回は珍しく姉の美紀の帰省と重なった。美沙が仙台に戻る前日に来た。夫とは一緒でなかった。たまにそういうことはある。
 その美紀には歩夢と暮らしていることをおしえた。
「美沙ちゃん、その人とは頻繁に会っているの」
 並べて敷いた隣の布団から、美紀が訊いてきた。
「うん、毎日。……っていうか、一緒に住んでいるの」
 美紀が結婚前、夫とつき合っているときいろいろ聴かされたので、美沙も、歩夢との出会いから話した。話しているうち美沙も幸せな気持ちが高まる。美紀も気に入ってくれるだろう。
 聞き終えると美紀が言った。
「うまくいくの?」
 え、何が? うまくいくってどういう事? 美沙は意味が解からなかった。
「男女が知り合って、恋をする。付き合う。お互いをもっと知りたくなって、あるいは離れられなくて、同棲をする――」
 同棲。なんかロマンチック。で、何が言いたいのだろう?
「一緒に住み始めるパターンはこれが普通よね」
 そう言うと、美紀は顔を戻して天井を見た。そして、
「同棲しない人たちもいるし、……その方が多いはず」と、続ける。
「美沙ちゃんたちの同棲は違うわね。歩夢さんも美沙ちゃんに、美沙ちゃんも歩夢さんに恋はしていなかった。一時(いっとき)の感情で、暮らし始めた。のでしょう」
 美沙は身構えた。ちょっと話の方向が違うぞ。
 いや、あのときすでに同情ではなく、歩夢を好きだった、と美沙は思った。が、言わなかった。一緒に住んでいることを咎めているのか。いや、住み始めた経緯を気にしているのか。
 そして、美紀はドキリとすることを言った。
「歩夢さんは本当に美沙ちゃんのことを好きなの?」
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