第2話 美沙

文字数 1,196文字

 改札を抜け仙台駅を出る。ペデストリアンデッキに立ち止まって、大きく息をする。日本海から太平洋へ、列島を横断してきた旅だ。生温い空気が肺に入る。人は田舎の空気がおいしいと言う。美沙は逆だ。騒がしさの交じった都会の空気いい。気分の問題なのだ。洗練された街の中にいるとほっとする。故郷は嫌いでないが、帰省から戻ってくるといつもこんな気分になる。歩道橋へ続くそこは、下からのとは見える景色が全く違う。バスプールへは降りない。そのまま進む。あおば通りを歩いてみよう。もう秋物が出ているだろう。ロングベストのいいのがあったら買っていこうか。その先のバス停から乗ろう。
 年に二度は実家へ行く。夏と冬。学生のときからそうしていた。仙台に出るときの約束だった。今回はいつにもまして口うるさい両親だった。結婚はまんだか、いい人いるんだか、探してけるか、と言ってきた。あたしまだ二十三よ。――でも同級生の八人は結婚したって話だな。中学校の同期会が毎年お盆中にある。参加出来なかったが、一昨日会ったバスケ部の仲間から聞いた。

「コーポひまわり」。外階段を昇り二階の左端。ドアを開ける。部屋に入ると、暑気と湿気が襲ってきた。急いでカーテンを引き、窓を開ける。西日が差しているので暑さは残る。四日の間に溜まった澱んだ空気を入れ替える。狭いがリビングとダイニングがある、この1LDKが美沙の城だ。専門学校時代の二年間も仙台にいた。親が選んだ女子専用の学生会館だった。食事付きで、管理人もいるので親としては安心だったのだろう。入居して一月で後悔した。場所が学校から近いという理由もあって、選んだのだが、繁華街から離れていた。遊ぶのも、アルバイトをするにも不便だった。
 途中で買ってきた食品を冷蔵庫にしまう。その中から材料を取り、料理を造る。帆立入りのマカロニグラタン、鶏肉とピーマンの炒め物、レタスと玉葱のサラダ。料理は得意な方だ。これは母親に感謝しなければならない。プラスあたしの感覚。休みはあと一日、明日はDVDの映画でも観てのんびり過ごそう。

 ホテルの裏側の社員用通用口で、料飲サービス課の三橋さんと会った。レストラン ラ・メールの主任だ。おはようございます、と挨拶をする。おはよう、お休みだったの、と返してくれた。
「総務部門の人は夏にお休みとれていいわね。あたしたちは九月よ」
 夏が終わってからぁ~、もう涼しいのよ、と言う。三橋さんはいい人なんだけど、不平を言うのがちょっと気に入らない。悪気がないのは解っているけれど。
 自分の席に着く。うわ、伝票がたまっている。休みの間、他の人がそれをやってくれるわけでない。長く休めば休むほど、その後が大変だ。三橋さんたちは、そういうことがないわけだし、こっちが不平を言いたくなる。上層部はリーマンショックが、まだどうとか言っているけど、平社員はそんなの関係なく忙しいんだよね。
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