第14話 歩夢
文字数 1,121文字
五日経った。
その間、通常に勤務した。
ホテルは、一部の営業再開の目途がついた。特に宿泊部門は復興関係者の来県が増え、急がれている。歩夢はそのことを張り切れないのが悲しかった。
新しく届いたコーヒーカップを整理していると山本主任が歩夢を探しに来た。
「課長が呼んでいるよ。もう時間だから白鳥の間へ来てだって」山本主任は気の毒そうな顔をしている。
そこにはすでに数人集まっていた。もう皆呼ばれた理由は知っている。彼ら、彼女らはパートの宴会サービス員だ。午後からの勤務の人が多い。
「揃いました」課長が言う。
中森次長が、申し訳ないと言って、深く頭を下げた。翌日正式に解雇通知があるとのこと。
「皆には、正社員もパートもなく心をひとつにして避難者のため、また営業再開に向けて懸命にやっていただいた。だが……」と悔しそうに話していく。
業績が元に戻ったら、もしそのとき希望する者はまた雇用すると約束した。
課長からは、一ヶ月後に解雇になるが、実質有給休暇と週休があるので明日から出勤する必要はない、と説明があった。有給休暇が足りない者は明日付で解雇、と分けられた。その場合一ヶ月分の平均賃金は支払うとのこと。歩夢は後者だ。話が終わると、中森次長が寄ってきて、「三田に合わせる顔がないよ、すまない」と言って、何か困ったことがあったら相談にのる、と電話番号をおしえてくれた。ありがたいと思うのと、口先だけでないのか、の両方の気持ちが過 った。何れにしろ電話することはないだろう。
皆は雇用保険でしばらく凌ぐさ、などと言っている。だが、歩夢は雇用期間が足りないのでそれもない。
そのあと各種保険の手続きなど、人事課の人から説明を聞き書類等のやり取り、貸与品の返却をした。
あとは帰っていい。
帰ろうとすると、その人事課の人――女性に声をかけられた。たまに社員食堂で親しげに話しかけてくれた、たしか山下さんという人だ。
「高橋くん、明日まで、いや今日が最後だね」と言ってきた。うん、と応える。
「よくやってくれたのに、残念だわ」
「お世話になりました」歩夢は儀礼的に返す。
「えーと、最後だから何か美味しいもの食べに行かない? ご馳走してあげる」
美味しいもの? 似た言葉を聞いた、と思った。
「そんな、あまり話したこともないのに、悪いです」
「急だったかしら。日を改めてもいいのよ。遠慮しないで」
歩夢が返答に窮していると、
「思い出を作ってあげたいの」と言って、にこりと笑った。「ホテルで働いていた」
え? 思い出。
――思い出、なら、あの人だ。
停電の中、キャンドルを挟んで食事をした人。涙を見せてくれたあの人。
すみません、と言って横をすり抜け歩夢は通用口へ向かった。
その間、通常に勤務した。
ホテルは、一部の営業再開の目途がついた。特に宿泊部門は復興関係者の来県が増え、急がれている。歩夢はそのことを張り切れないのが悲しかった。
新しく届いたコーヒーカップを整理していると山本主任が歩夢を探しに来た。
「課長が呼んでいるよ。もう時間だから白鳥の間へ来てだって」山本主任は気の毒そうな顔をしている。
そこにはすでに数人集まっていた。もう皆呼ばれた理由は知っている。彼ら、彼女らはパートの宴会サービス員だ。午後からの勤務の人が多い。
「揃いました」課長が言う。
中森次長が、申し訳ないと言って、深く頭を下げた。翌日正式に解雇通知があるとのこと。
「皆には、正社員もパートもなく心をひとつにして避難者のため、また営業再開に向けて懸命にやっていただいた。だが……」と悔しそうに話していく。
業績が元に戻ったら、もしそのとき希望する者はまた雇用すると約束した。
課長からは、一ヶ月後に解雇になるが、実質有給休暇と週休があるので明日から出勤する必要はない、と説明があった。有給休暇が足りない者は明日付で解雇、と分けられた。その場合一ヶ月分の平均賃金は支払うとのこと。歩夢は後者だ。話が終わると、中森次長が寄ってきて、「三田に合わせる顔がないよ、すまない」と言って、何か困ったことがあったら相談にのる、と電話番号をおしえてくれた。ありがたいと思うのと、口先だけでないのか、の両方の気持ちが
皆は雇用保険でしばらく凌ぐさ、などと言っている。だが、歩夢は雇用期間が足りないのでそれもない。
そのあと各種保険の手続きなど、人事課の人から説明を聞き書類等のやり取り、貸与品の返却をした。
あとは帰っていい。
帰ろうとすると、その人事課の人――女性に声をかけられた。たまに社員食堂で親しげに話しかけてくれた、たしか山下さんという人だ。
「高橋くん、明日まで、いや今日が最後だね」と言ってきた。うん、と応える。
「よくやってくれたのに、残念だわ」
「お世話になりました」歩夢は儀礼的に返す。
「えーと、最後だから何か美味しいもの食べに行かない? ご馳走してあげる」
美味しいもの? 似た言葉を聞いた、と思った。
「そんな、あまり話したこともないのに、悪いです」
「急だったかしら。日を改めてもいいのよ。遠慮しないで」
歩夢が返答に窮していると、
「思い出を作ってあげたいの」と言って、にこりと笑った。「ホテルで働いていた」
え? 思い出。
――思い出、なら、あの人だ。
停電の中、キャンドルを挟んで食事をした人。涙を見せてくれたあの人。
すみません、と言って横をすり抜け歩夢は通用口へ向かった。