第30話 課長会議

文字数 1,792文字

 三浦課長と共に宴会フロアにある小会議室へ入るとそこには支配人もいた。
 本部の二人の向かいに座って談話している。ここにいたのか。さっきから支配人室が空なので気になっていた。急ぎ仕事の処理で、経理課長と支配人に食材の件を話せないでいた。それにあの警備日誌、頭を整理しているうち支配人がいなくなってしまったのだ。
「ああ、ごくろうさま。僕の隣へ」と支配人は三浦課長を促す。課長に続いて美沙はその隣へ座る。
 本部の二人は初めニコリと笑顔をみせたが、あとは気難しそうな顔をして資料を見ている。四十代くらいの若い方は監理部の池田という。もう一人は本部が委託している池上というコンサルタント。六十代くらいか。
 池田と池上か、イケイケコンビと美沙は名付けた。そんな軽い名称とは似合わない雰囲気だが。
 課長は帳簿類を説明する。二人はそれを聞き流すように、先にあるペーパーをめくっていく。
「これ、教えてください」
 コンサルタントの池上が書類から顔をあげた。レストランの食材率を指している。「ル・シエルの食材率が高いですね」
「あ、それ、私も上がっているなとは思っていたのですが……」三浦課長は急いでそのペーパーを探しだす。「今年は材料が少し値上がりしたんだと思います」
「でも他のレストランよりも高いですね」
 池田と支配人もそのペーパーを手に取った。
「ル・シエルの料理長に訊いてみましたか?」と池上。
「いや、まだです。たまたま二ヶ月高いだけで、一年通せば収まるかも知れないので」
 三浦課長はハンカチをだして汗を拭いた。
「ほうー、もし収まらないで一年間このままだと、材料費がいくら増えるか考えてみましたか?」池上は椅子に背をあずけて言った。
「課長、料理長に確かめるべきだろう。僕も四月のものを見て気づけばよかったが……。ま、二ヶ月の時点で気づけてよかったじゃないか」
 と、支配人が言うのを聞いて、美沙は鼓動が速くなる。
 やはり気付くか。このごろドキドキすることばっかりだ。少しは心臓強くなったかな。
 課長も支配人いるし、ここで話してしまおう。どうせ本部の二人は明日の会議で知ることになるんだ。美沙は深呼吸をした。
「あのーすみません、そのことについて経理課として原因を調べてみました」
 課長と支配人の方を向いて、「すみません。先に報告しようと思っていたのですがタイミングが合わなくて、遅くなってしまいました」
 美沙はこれまでのことを話した。

 翌日――課長会議
「今の説明で判るとおり、収入は宿泊部門を除いて厳しい。一方、支出は節減策が一部功を奏している」支配人はぐるりと見回した。「が、赤字に変わりはない」
 社長がぼそりと、人件費削減は上手くいっているんだ、俺がやった。一部かい? と呟いた。それを隣の席の池田がちらりと横目で見た。
 今回は奥の席に四人。支配人、社長、本部の監理部とコンサルタントの順で座っている。そこから伸びてロの字型に並べられたテーブルに各部の部長、次長、課長と総料理長、四つのレストランの料理長、店長が座っている。業績が振るわないのと、本部からの出席者がいるせいか堅苦しい雰囲気だ。
「さて、ここからは現状の問題点と売上増進について議論していきます。できれば楽しい話がいいけどな」と言った支配人は笑顔を見せていなかった。
「それでは私からいいですか? たぶん楽しい話になると思います」中森次長が手を挙げた。
 座が少し和んだ。中森次長は用意していたペーパーを上座の四人それぞれに配り、次からは、一枚取って隣へ廻してくださいと言って席に着いた。
「売上げ増進策についてです。ビアガーデンの集客です。あ、先に、この案は私が考えたものでありません。料飲でも、企画からでもありません。総務部の一社員が話してくれたことを元にしています」
「誰だろう」小声がする。
「ビアガーデンがオープンして二週間余り、昨年までより利用者がかなり少ない。何故だと思いますか?」
「そりゃ震災の後だもの」「自粛だよ。ビアガーデンに限らず、レストランも宴会も」「申し訳なくて自分だけ楽しめないと、みんな思っているんだ」
 口々に似たような意見が出る。
「そうです。あんなに多くの方が被害に合われたのですから。その心情は理解できます。でもビアガーデンを利用すると被災者を助けることになる、とすればどうでしょう」
 全員の目が中森次長に集まった。
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