第46話 歩夢
文字数 1,441文字
「文芸光談」は売れた。いつもより結構多く配送してもらったが、全部売れた。そして、波及効果と言っていいのか、リピテーション陳列で店の奥にも客を引き入れたので、他の本も売れた。倍賞専務の戦略なんだろう。その商才に感心した。そして、石原さんのPOPにも。
POPはこんなに購買を誘うのか。歩夢は今更ながら気が付いた。それなら、棚差し本でも出来ないか、と思った。歩夢がよく読んだ近代文学の本は、棚差しにしかない。そしてあまり売れない。それらを買ってもらう方法はないか。
POPは平置き陳列と、面陳列に飾っている。棚差しは、本の背から三四センチ出したプレートに作家の名前は記されている。この三四センチの狭いスペースでお客様の目を引くものを……。
一つの考えが浮かんだ。
まず石原さんに話した。
「いいアイディアだわ、わたし協力する。やってみましょう」と、賛成してくれた。
提案書作りもお手伝いさせて、とむしろ張り切っている。慣れていない歩夢は、助かると思った。それと、一緒に仕事をできることが嬉しかった。
提案は採用された。
それは――
近代文学の本はあまり売れてない。それを寂しく思っていた。そこで近代文学の作家名くらいは知っているがあまりなじみのない人――初心者と言っていいのか、に手に取ってもらう方策だ。結果、売り上げにもつなげるというものだ。
具体的には、初めての作家の、お薦めを一二行のフレーズで紹介する。これなら狭いスペースでPOPに出来る。
――芥川龍之介の初めの一冊は、「河童」を読んでみてください。
――川端康成。あまりにも有名な書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」まずこれを読んでみよう。
――太宰治。短編集なら「ヴィヨンの妻」、手ごろな中編の「パンドラの匣」。どちらも読みやすい作品です。
等々。
書店内で会議もした。近代文学だけを一ヶ所に集めてはどうかとの意見もあったが、それはしなかった。今の流行作家の本の中に混じっていた方が初心者の目にとまる、ということと、誰までを近代文学作家に入れるかが判断出来ないからだ。
歩夢の思いとしては、若い人に読んでもらいたい。石原さんにはそれに合う、文字と色使いでPOPを作ってもらった。
準備が整い実施された。歩夢はその棚の通りが気になってちらちら見る。手に取る人がいるとヤッタと心の中でガッツポーズになる。石原さんも見ているようで、さっき三島由紀夫と夏目漱石が売れたよ、などとおしえてくれる。石原さんと話をすることも増えた。
それもあって、歩夢は書店の仕事が以前にも増して楽しくやりがいのあるものになった。
翌月、一月間の結果が出た。
売れた冊数は微増です。と、店長から発表された。ただ、数字上はまだ目に見える成果はないが、目を止め手に取るお客様は増えていると、言った。歩夢もそう思っていたし、他の店員もそう見ていたそうだ。
このミーティングに来ていた倍賞専務からも、「高橋くん、いい企画だよ。冊数は徐々に増えていくと思うわ」と褒められた。石原さんはにこにこと微笑んでいる。石原さんも嬉しいんだ。
終わってから歩夢は思い切って言ってみた。
「あの、お祝いをしませんか。その、お祝いと言うか、お礼をしたいので」
「お礼? そんな水臭い。わたし仕事をしたのよ」と言って、一瞬何か考えたようで、歩夢に目を寄こした。「そうね、それじゃ割り勘でいきましょう。来週になるかな」
その週は用事があるというので、次の週の勤務が合う日にした。
POPはこんなに購買を誘うのか。歩夢は今更ながら気が付いた。それなら、棚差し本でも出来ないか、と思った。歩夢がよく読んだ近代文学の本は、棚差しにしかない。そしてあまり売れない。それらを買ってもらう方法はないか。
POPは平置き陳列と、面陳列に飾っている。棚差しは、本の背から三四センチ出したプレートに作家の名前は記されている。この三四センチの狭いスペースでお客様の目を引くものを……。
一つの考えが浮かんだ。
まず石原さんに話した。
「いいアイディアだわ、わたし協力する。やってみましょう」と、賛成してくれた。
提案書作りもお手伝いさせて、とむしろ張り切っている。慣れていない歩夢は、助かると思った。それと、一緒に仕事をできることが嬉しかった。
提案は採用された。
それは――
近代文学の本はあまり売れてない。それを寂しく思っていた。そこで近代文学の作家名くらいは知っているがあまりなじみのない人――初心者と言っていいのか、に手に取ってもらう方策だ。結果、売り上げにもつなげるというものだ。
具体的には、初めての作家の、お薦めを一二行のフレーズで紹介する。これなら狭いスペースでPOPに出来る。
――芥川龍之介の初めの一冊は、「河童」を読んでみてください。
――川端康成。あまりにも有名な書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」まずこれを読んでみよう。
――太宰治。短編集なら「ヴィヨンの妻」、手ごろな中編の「パンドラの匣」。どちらも読みやすい作品です。
等々。
書店内で会議もした。近代文学だけを一ヶ所に集めてはどうかとの意見もあったが、それはしなかった。今の流行作家の本の中に混じっていた方が初心者の目にとまる、ということと、誰までを近代文学作家に入れるかが判断出来ないからだ。
歩夢の思いとしては、若い人に読んでもらいたい。石原さんにはそれに合う、文字と色使いでPOPを作ってもらった。
準備が整い実施された。歩夢はその棚の通りが気になってちらちら見る。手に取る人がいるとヤッタと心の中でガッツポーズになる。石原さんも見ているようで、さっき三島由紀夫と夏目漱石が売れたよ、などとおしえてくれる。石原さんと話をすることも増えた。
それもあって、歩夢は書店の仕事が以前にも増して楽しくやりがいのあるものになった。
翌月、一月間の結果が出た。
売れた冊数は微増です。と、店長から発表された。ただ、数字上はまだ目に見える成果はないが、目を止め手に取るお客様は増えていると、言った。歩夢もそう思っていたし、他の店員もそう見ていたそうだ。
このミーティングに来ていた倍賞専務からも、「高橋くん、いい企画だよ。冊数は徐々に増えていくと思うわ」と褒められた。石原さんはにこにこと微笑んでいる。石原さんも嬉しいんだ。
終わってから歩夢は思い切って言ってみた。
「あの、お祝いをしませんか。その、お祝いと言うか、お礼をしたいので」
「お礼? そんな水臭い。わたし仕事をしたのよ」と言って、一瞬何か考えたようで、歩夢に目を寄こした。「そうね、それじゃ割り勘でいきましょう。来週になるかな」
その週は用事があるというので、次の週の勤務が合う日にした。