第33話 課長会議

文字数 2,125文字

「いやー、驚くほど中身の濃い会議ですねー。良いことも悪いことも」
 これまでほとんど発言しなかった本部の池田が口を開いた。「今の件は、しっかり調査したうえで、社長と支配人で適切な処置をしてください。処分など決まったら本部にも知らせてください。社長の処分は考えなくていいです」
「あ、そう」と社長。ほっとした様子だ。
「ええ、社長については本部がすることになると思います。ホテル側の処分内容も見てですが」
 社長は横を向いてしまった。
 それを尻目に、「さて、恐縮ですがもうひとつ面白くない事案があります。これは支配人も関連するので、私が議事を進めます」
 本部の二人は前日各部署から話を聴いた。その中でレストランと調理から社用ランチについて疑問が呈された。本当に接待のためのランチなのか、不要にランチをとっているのであれば、経費削減のため解雇されたパート社員が気の毒ではないかという。
 社用のランチは数年前から行われていたそうだが、再開後は三人の名前が上げられた。
「支配人と辻村課長と」少し間を置いて「社長です」と言った。「どんな接待か説明をしていただけますか?」
 成田課長は一人ほーと息を抜いた。自分がこの問題を取り上げなくてもよくなったからだ。
「私から話しましょう」と支配人。
「私が使ったのは再開後すぐ、石油販売会社のヤマセン燃料さんと海原石油さんの二件です。震災後、重油不足が起こったことはご存じでしょう。注文しても重油が納品されない状態が続きました。品不足で、病院や消防などが優先さていました。でもホテルにもボイラーの稼働のため重油は必要です。民間企業では重油の奪い合いになっていました。それで、何とか早めに納品してくれるようお願いしたのです」
 社員に不信感を持たせて申し訳ない。説明するべきでしたと頭を下げた。
「あー重油ですか。コンビナートだかタンクもやられたんですよね。それと港、道路も酷かった」
 どうやら池田は判っていたようだ。
「辻村課長は? このサンワ企画山中氏はどんな接待です」
「広告会社の人です。たまたまホテルに来たのでお礼を。何時もいい企画を出してくれるので」
「変ですね。私この山中氏に電話して訊いたんですが、この日は辻村課長に呼ばれてホテルに行ったと言っていましたよ。再開したのでお昼食べにきてと」
「そんな……、調べたんですか、こんなこと」
 聞こえない声で辻村課長は言って、ちらと社長に目をやった。社長は目を合わせない。
「それに、礼は必要ないでしょう。それと、この伝票の辻村幸雄氏他一名、これはどなた? どんな接待ですか?」
「うん? それね。私の兄と甥です」
「は?」
「甥の結婚式をホテルでやってもらおう、と昼ご飯をご馳走したのです」
「あーなるほど。それなら婚約者の方も呼べばよかったのに。結婚は両人がするものですから」
「は……」
「甥御さん婚約なさっているんでしょう? 今度ぜひ婚約者さんもお呼びしてください」
「いや、まだ、そこまでは……。結婚することになったら、うちのホテルを使ってと話したのです」
「何言ってんですか。それじゃ甥や姪がいる社員はみんな社用でとれることになりますよ」
 初めて見せた池田の強い口調だ。
「まだ幾つか伝票はありますが、一つひとつ訊きません。全部接待は不要と判断します。なので、辻村課長にはこれら全額を支払って貰います」
 池田は昨日各部署から話を聴いた後、美沙からこれまでの社用伝票を貰っていた。
「厳しい人だな」、「こうでなくちゃ」とひそひそ話す者がいる。
「全額ですか……」辻村課長は呻くように言った。「販売促進のもの()あるんですよ」
 不満が顔に表れている。
「は! 今の言葉、何を意味したか判りますか」
 池田は蔑むように言った。「何なら、昨年度以前に遡りますか」
 辻村課長は慌てたように、「いや、分かりました」と応えた。
「社長からもお話を伺わなければなりませんが、社長は接待ではないですね」
「うん、俺は料理の味をみてるんだ。仕事のうちだ」
「わかります。でも和食が多いですね。しかも麺類に片寄っている。料理をみるなら全般をみた方がいいと思います」
「……」
「それで、食べた感想は料理長に伝えていますか?」
 池田は社長と五人の料理長を見渡した。
「まだ言っていない。おい、君たちはこんなことのために来たのか。不愉快だな」
「すみません、このために来たわけじゃないです。成行きでこうなってしまいました。経営に関することをお伺いするのが仕事ですから。それと、権限も与えられています」
 ふぅんと言って、社長は腕を組んだ。
「社長がランチの代金を払うか払わないかはお任せします。ご自身で判断なさってください」
 そう言うと池田は、この話はこれで終わりだと、一転表情を変えて中森次長の方を見た。
「中森次長、さきほどのビアガーデンは総務のどなたからの案ですか?」
 話題が変わったので、ほっとした空気が流れた。
「そうそう、言いそびれていました。経理課の小関さんです」
「やっぱり――。そうでないかなと思っていたんです。食材の件、警備日誌も彼女が気づいたんです。しっかりした社員ですね」
 二人は笑顔を交わした。
 ――この場の全員が、その話を聞いた。
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