第31話 課長会議

文字数 1,552文字

 案は、売上金の中から一人につき三百円を被災地に寄付をするというものだ。
 お客様はホテル・セントラルフォレストのビアガーデンを利用することによって被災者を助けることになる。例年だと三万人くらいの利用がある。仮に今年も同数だとすれば九百万円になる。
「うちのホテルからは百万円寄付しただろう。まだするということか?」社長が言った。
「いえ、寄付するのはあくまでお客様になります。われわれはこの企画を通してお手伝いをするということです。自分の料金の中に寄付金が含まれている。気兼ねなく、むしろ積極的にビアガーデンに来たいと思っていただけるはずです」
 いろいろ質問が飛んでくる。
「その三百円は料金に上乗せ?」
「違います。三百円はホテルが被ります。それを一旦預かる形になります。その分利幅は減りますが」
「平均単価はいくらだったけ?」
「昨年は一人五千円弱でした。ビアガーデンは飲食材料費率が低いので、多くの人に来ていただければ利益は十分とれます」
 毎日の入場者数と金額の累計をホームページで公表していく。それを見た顧客は額をもっと上げようと思って来館に繋がることも考えられる。また公正にやっていると理解させることにもなるとも付け加えた。
「そうだよな、スーパーなんかにも募金箱が置いてあるが、釣銭をチャリンといれてもあまり心が晴れないよな。この案だと来ることが、寄付をするという目的にもなるしな」
「うん、いいプランだ。やろう。うちのホテルの姿勢を見せることにもなる。このことで他の部門の集客にもプラスになるぞ」
 ようやく晴れた顔になった支配人は言った。本部の二人も相好を崩した。
「次長、よくまとめた。明日から、いや今日から準備にかかってくれ」
 言葉どおり楽しい話になったようだ。ほっとした雰囲気が拡がり、ざわざわと私語が交わされている。
 もちろん会議はそれで終わらない。次は、ざわついていた場を暗くするものだった。
「さて、議題を替えるぞ。経理課長、昨日提示された問題を話して」
「はい、8ページと振ってあるペーパーをご覧ください。レストランごとの食材率です。上が今年、下が昨年のものです」
 三浦課長は下を向いたまま、文を読み上げるように話し始めた。
「……西料理長、二ヶ月続けてなぜル・シエルだけ高いのですか?」
「うん、オレもさっきから考えていたんだが、不思議だな。メニューは去年と変えていないのに」
「食材の管理の問題だとは思いませんか」
「管理は適切にやっているよ。三浦さんのところで計算間違っていないか?」
「それはありません」三浦課長はきっぱりと言った。意外な言い方だったのか四五人から、小さくおっという声が漏れた。
「それでは、私の手持ちのペーパーを読みます。聞いていてください」
 三浦課長は美沙が調べた、米沢牛、鮑など特定の品物の仕入額と販売額を読んでいった。「これらを食材率に換算すれば一〇〇%に近い。販売した以上の食材が減っていることになります」
 西料理長はだんだん顔が赤くなってくる。
「このことから、推測されることとして、どんなことが……」
「おい! 三浦課長っ、うちの調理員が食材を持ち出しているとでも言うのかっ」
 大きな声に三浦課長はびくりと首をすくめた。
「西料理長、静かに。そんな大きな声でなくても聞こえるよ」
 支配人が割って入る。「そう、外へは持ち出してはいないと思うよ」
「そうだろう。三浦さん、あんた何が言いたいんだ」興奮は少し収まったようだ。
「持ち出してはいないが……。管理課長、ちょっとこちらへ」支配人はそう言うと、警備日誌をテーブルの下から取り出した。それを成田課長に渡した。成田課長はそれを持って不思議そうな顔で席に戻る。
「課長、付箋を貼ってあるページのマーカーを引いてある部分を読んでくれないか」
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