第37話 歩夢
文字数 1,252文字
美沙に無理やり連れられて行った。
「面接は、印象も大事なのっ」
「それは解るけど、ぼくの恰好印象悪いの?」
「もっと良くしてあげるの。とにかく任せて」
ショッピングモールの洋服店でシャツとブレザー、パンツを選んでくれた。
「ブレザーは必要? まだ暑いよ」
「暑かったら、面接のときだけでも着ればいでしょ。それに、これからは必要なんだから」と、買ってしまった。
「ほら、素敵になったでしょ。あとで、床屋にも行ってきてね」
美沙のこのような小煩 い言動は初めて見た。でも嫌ではない。妹の理沙を思い出させた。
美沙が好きでやっていることだが、随分お金を使わせている。食費分を渡しているとはいえ、悪いな。これ以上負担をかけることは出来ない。なんとしても文盛堂の仕事を得よう。
面接試験はうまくいった。
爽やかなファッションのおかげもあって、と美沙には言った。
それと――文芸好きなこと、知識が幸いした。
面接官の一人、専務の倍賞千恵は終始にこやかな表情をしている、感じのいい女性だった。歩夢が文章を書くのが好きなことが特に気に入ったようだ。あとで聞いた話だが、彼女も高校時代は生徒会誌を作り、大学は文学部に進んだとのこと。
今は文芸に詳しい店員が少なくなっている。客に質問されて答えられるプロの本屋さん が。
「自信はありますか?」と訊かれた。
「最近の流行作家は多く読んでいませんが、近代文学のことなら自信あります」と応えた。
「そう、好きな作家は?」
と問われて、とっさに太宰治、と答えた。
「薦めるものは? そうね、私に一番読んでもらいたい小説をあげてください」
近代文学でなくても、何でもいいです。と、質問された。
少し迷ったが、『ある逃避』を読んでいただきたい、と応えた。
「はて、誰の本でしたっけ」
ご存じ? と、隣にいる面接官を見る。
しまった、変なことを言ってしまった。前日に新人コンテストに応募したばかりだったので言ってしまったのだ。
「すみません、ぼくが書いた小説なんです」慌てて付け足した。
「あら、そうなの! これは楽しい」くすくす笑って、ぜひ読ませてねと言った。
身元保証人には中森次長がなってくれた。特に頼んだわけでないけれど買って出てくれた。次長は、解雇された他の人のフォローもしている。でも、保証人にまでなってくれるのは、よほど信用されていたんだな。何事も真面目にやっていると、見る人はみてくれるのだ。歩 夢はこれからも誠意を持って仕事をしようと思った。
出社の目。美沙は先日買った服を着ない歩夢を、咎めようとした。
「いや、違うんだ」
仕事は、店内での接客だけでなく商品を運んだりすることもあるので、普段着の方がいいのだと説明した。
そう? やや不服顔の美沙に
「じゃ、あの服を着て今度食事にでも行こう。美沙もおしゃれしてね」と言ったら機嫌を直した。「給料が出てからだけど」
「うん! わぁー、デートか。そういえばデートしたことないわよね。何処の店にしようかな」
待ち遠しいな、と歓ぶ美沙を歩夢は可愛いと思った。
「面接は、印象も大事なのっ」
「それは解るけど、ぼくの恰好印象悪いの?」
「もっと良くしてあげるの。とにかく任せて」
ショッピングモールの洋服店でシャツとブレザー、パンツを選んでくれた。
「ブレザーは必要? まだ暑いよ」
「暑かったら、面接のときだけでも着ればいでしょ。それに、これからは必要なんだから」と、買ってしまった。
「ほら、素敵になったでしょ。あとで、床屋にも行ってきてね」
美沙のこのような
美沙が好きでやっていることだが、随分お金を使わせている。食費分を渡しているとはいえ、悪いな。これ以上負担をかけることは出来ない。なんとしても文盛堂の仕事を得よう。
面接試験はうまくいった。
爽やかなファッションのおかげもあって、と美沙には言った。
それと――文芸好きなこと、知識が幸いした。
面接官の一人、専務の倍賞千恵は終始にこやかな表情をしている、感じのいい女性だった。歩夢が文章を書くのが好きなことが特に気に入ったようだ。あとで聞いた話だが、彼女も高校時代は生徒会誌を作り、大学は文学部に進んだとのこと。
今は文芸に詳しい店員が少なくなっている。客に質問されて答えられる
「自信はありますか?」と訊かれた。
「最近の流行作家は多く読んでいませんが、近代文学のことなら自信あります」と応えた。
「そう、好きな作家は?」
と問われて、とっさに太宰治、と答えた。
「薦めるものは? そうね、私に一番読んでもらいたい小説をあげてください」
近代文学でなくても、何でもいいです。と、質問された。
少し迷ったが、『ある逃避』を読んでいただきたい、と応えた。
「はて、誰の本でしたっけ」
ご存じ? と、隣にいる面接官を見る。
しまった、変なことを言ってしまった。前日に新人コンテストに応募したばかりだったので言ってしまったのだ。
「すみません、ぼくが書いた小説なんです」慌てて付け足した。
「あら、そうなの! これは楽しい」くすくす笑って、ぜひ読ませてねと言った。
身元保証人には中森次長がなってくれた。特に頼んだわけでないけれど買って出てくれた。次長は、解雇された他の人のフォローもしている。でも、保証人にまでなってくれるのは、よほど信用されていたんだな。何事も真面目にやっていると、見る人はみてくれるのだ。歩 夢はこれからも誠意を持って仕事をしようと思った。
出社の目。美沙は先日買った服を着ない歩夢を、咎めようとした。
「いや、違うんだ」
仕事は、店内での接客だけでなく商品を運んだりすることもあるので、普段着の方がいいのだと説明した。
そう? やや不服顔の美沙に
「じゃ、あの服を着て今度食事にでも行こう。美沙もおしゃれしてね」と言ったら機嫌を直した。「給料が出てからだけど」
「うん! わぁー、デートか。そういえばデートしたことないわよね。何処の店にしようかな」
待ち遠しいな、と歓ぶ美沙を歩夢は可愛いと思った。