第50話  奥の院

文字数 760文字

伊刀はむくりと起き上がる。
夜半過ぎ。

紺碧の空に満月を過ぎた月が光る。立ち待ちの月。
月光は煌々と辺りを照らす。月明かりの下、池を睨む武人の影が出来る。半円状の石の影も。
その内側を歩く影。
月光が朧な影を映し出す。
体が透き通る。
それがふらふらと池の周りを彷徨う。
何とも美しくも奇妙な光景である。
あちらこちらに何かがいる。森の中や池の畔に。
伊刀はそれを見る。

池から何者かがやって来た。
その男は両脇に一人ずつ人間を抱えている。気を失っている二人の服はボロボロ。そこから水がぼたぼたと垂れる。
後ろから少女が付いて来る。
「怜」
伊刀は呼ぶ。

男は叢に二人を横たえた。
「やあ、伊刀。また逢ったね」
怜の後から夜刀が降り立つ。

「生きているんだろうな?」
伊刀は聞いた。

「勿論。気を失っているだけだ。川のうんと先に流されていた。危なかったよ。滝に落ちる寸前だった」
怜は平静な顔で言った。
伊刀は走り出した。

「ウタが役に立った。男性は・・史有の兄だって?怪我をしている。・・女性は、この娘が融の嫁か。やれやれだ。融には呆れたよ。全く、あいつには。・・・・二人とも低体温症だ。早く温めてやってくれ。嫁の方は医者に行った方がいい。体が冷え切っている」
そう言うと怜は少女の手を掴んでくるりと向きを変えた。
「みんなに会わないのか?」
夜刀は言った。
「さっき会ったからもういい。・・・じゃあ帰るから。夜刀、もう二度と来るな」
怜は池に向かって歩き出した。少女は物珍しそうに辺りを見回し、夜空に月を見付ける。
怜の手を引いて月を指差す。
何かを言う。
怜も月を見て、少女に何かを言う。

「小夜子に呼ばれたら、お前だって来ない訳に行かない」
夜刀はその後ろ姿に言った。
返事は無かった。
2人の姿が池に消えた。

池の真ん中で大きな白い胴体が月明かりに照らされてきらりと光ったのが見えた。

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