第27話  異界 樹と由瑞 3

文字数 1,343文字

由瑞も熊を凝視する。
「確かに3つある・・・。これは驚いた・・」
由瑞は言った。
「急いで。静かに。早く背中に乗るんだ」
樹は慌てて背中に乗る。

由瑞は走り出した。
熊は気が付いた。こちらを見ると、威嚇の一声を上げて突進してきた。
由瑞は風の様に走る。
熊がぐんぐん遠ざかる。
樹はその速さに驚く。何が何だか分からない。目を閉じて必死で背中にしがみ付く。

由瑞はぴたりと立ち止まった。

目の前には岩壁。西には池。東には森。斜め前に石像が立っていた。古代の武人の石像。
石像と思っていた物の目が動いた。
由瑞はぎょっとした。
それは一瞬で石像から黒い鋼の鎧と兜を付けた武人に変わった。
武人が動いた。鋭い槍先を由瑞に向けて二人を睨み付けた。


「参ったな」
由瑞はそう言って、樹を背中から降ろした。後ろを振り返る。熊が迫って来ていた。
「樹さん。逃げて。あの武人の横をすり抜けて走れ」
「そんなの無理!」
「いいから!早く!どこでもいいから早く!」
樹は走り出した。
岩壁を目指す。
武人の目が自分を追う。
樹は「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
途端に転ぶ。樹は起き上がって走る。そしてまた転ぶ。足首に付いた手が忌々しい。
倒れたまま後ろを振り返ると由瑞が熊に向かって走って行くのが見えた。
「ぎゃあ!由瑞さん!何、やってんの!早く逃げて!」

由瑞は石をひとつ取り上げ大きくジャンプすると熊の後ろ側に回った。そしてその頭を石で殴り付けた。ガンと音がした。手ごたえがあった。
熊はよろける。と、由瑞は何かに躓いて倒れた。見ると子熊が居た。子熊に躓いたのだ。
子熊は由瑞の背中から逃げようとしている。
それを掴むと母熊に投げ付けた。
子熊は母親にぶつかって地面に落ちる。そのまま一目散に走り出した。

母熊が大きく手を振り回す。由瑞は転がり逃げる。その左腕に熊の腕が掠めた。
「痛っ!」
ざくっと腕を裂かれた。

熊が大きな口を開いて由瑞に襲い掛かる。
三つの目が由瑞を見る。
牙の間から涎がだらだらと垂れる。
「由瑞さん!」
樹は叫ぶ。
由瑞は間一髪、熊の一撃を避けて転がる。素早く立ち上がると、両手で石仏を掴み、その顔面に叩き込んだ。渾身の力を籠める。
石仏は熊の顔面にめり込んだ。
血が噴き出す。熊はどうと倒れた。
血は冷たかった。凍り付くほどの冷たさだ。
流れ出る血液で熊の顔面は黒に染まる。四肢を痙攣させた。
そして動かなくなった。

クマにやられた腕を押さえる。
シャツがボロボロに破れてだらだらと血が流れている。
両手は血だらけだ。顔にも返り血が付いているに違いない。

ふと前をみると樹が驚愕の表情で自分を見ていた。
恐怖の表情。
由瑞は樹を見詰める。
そのまま歩き出した。


口を開けたまま、樹はずるずると後ろに下がる。
言葉にならない何かを言っている。
それが「怖い。・・・・怖い」と言っているのに気付いた。
由瑞はびくりとした。そのまま立ち竦んで樹を見詰めた。


池を指差す。
「池に行くんだ。体を洗いたい」
樹は固まったまま由瑞を見詰める。

由瑞は池に行くと膝を付いて、顔や手を洗った。
怪我をした腕に水を掛けた。
何度も何度も水を掛けた。肉が割れて白い脂肪の層が見えた。
だが、骨には達していない。
由瑞はほっとした。
暫く池の中に佇んでいたが、のろのろと岸に上がると、そこに座った。
そしてがっくりと肩を落とした。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み