第51話  汞の月 

文字数 983文字

小夜子、融、史有、蘇芳、4人は弾かれた様に一斉に立ち上がった。
里村は何事かと驚いた。

蘇芳はライトを持って走り出した。
続いて融と史有が。

「里村さん。阿子を見ていてくれますか?二人が帰って来たみたいだ」
眠っている阿子を指し示し、小夜子は里村に頼んだ。
里村は頷いた。
外は昼間の様に明るい。
煌々とした月が空に掛かる。
月明かりの下を走る4つの影。

家裏に走って行く途中で伊刀と出会った。
「無事か?」
融は聞いた。
「無事だ」
伊刀は返した。

「樹!」
森を抜けて融は叫ぶ。
「樹さん!」
「由瑞!」
「兄さん!」

「由瑞!由瑞!大丈夫?ああ良かった。由瑞!」
蘇芳は泣きながら由瑞を掻き抱く。
由瑞は呻いた。
「いてっ・・蘇芳。止めてくれ。怪我をしているんだ」

由瑞はハッとする。
「樹さんは?」
「大丈夫。そこにいる。融さんが今・・・・えっ?意識が無い?大変。早く病院へ!」
蘇芳は叫んだ。
由瑞は大きく目を見開いた。樹を見る。
樹はぐったりとしている。

「樹!樹!」
融は樹の頬を叩く。
「早く医者に!」
小夜子は言った。
融は樹を抱いて走り出す。

「夜刀、伊刀、先に行く。蘇芳さん達を守って。由瑞さん。済まない。先に行く。本当に有難う。あなたにはどれだけ感謝してもし切れない。史有、融と樹さんを病院へ連れて行く」
そう言うと小夜子も走り出す。
「分かった!気を付けて!」
史有はその後ろ姿に声を掛けた。

史有は由瑞を背負って歩き出した。
「ボロボロね。由瑞」
蘇芳は由瑞の背中に手を当てた。
「ああ・・・・何度も死ぬかと思ったよ。死に掛けた。・・・二度と御免だ。二度とここへは来たくない」
由瑞は答えた。
「あなたなら絶対に生きて帰ると思っていたわ。本当に良かった。・・・ご苦労様」
そう言って由瑞の背中を撫でた。
「樹さんは大丈夫だろうか・・・・」
由瑞は心配そうに蘇芳を見る。
「大丈夫よ。融さんと小夜子さんが付いているのだから」
蘇芳は言った。
「そうだな・・・蘇芳。風呂を用意してくれないか?寒くて死にそうだ」
由瑞は言った。
「医者はどうする?」
蘇芳は聞いた。
「明日の朝でいい」
由瑞は言った。
蘇芳は「分かったわ」と言って走り出す。

一行が去った池。
池の周りでは相変わらず体の透けた者達が彷徨う。
銀の月は少し歪んだ椀に入れたの汞の溜りに見えた。
たっぷりとした汞。波打つ柔らかい鏡の様なその表面。
生きている銀
そこから発する光さえも生きてる様に思えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み