第17話  魔の連休 樹

文字数 1,093文字

樹は家の裏手に回る。
鍵は開いていた。誰かが通ったらしい。
樹は扉を押して鳥居を抜ける。

滑る石段を慎重に上がる。
暗い杉林の中を走る。重なり合う木々の緑は深く濃い。わさわさと下草が揺れる。
樹は蛇が出るのじゃないかとびくびくしながら歩く。

池の畔に出た。
いつもと同じ池である。周囲をぐるりと岩壁に囲まれ、水の流れ落ちる音だけが響く。
池と岩壁の境から、ずっとストーンサークルの様に石やら石仏やらが並べられている。
それは池から出てまた池に戻っている。
「こんなの、あったっけ・・?」

薄暗い感じがする。それに酷く寒い。
樹は空を見上げる。
天気が崩れるのかしらと思った。
木々の枝がさわさわと揺れた。
池の表面に波が立つ。
樹はぶるりと震えた。
こんな寂しい場所だった?


道を探して視線を辺りの森に移す。
どこにも道なんて・・。
と、視線を池に戻すと、一人の女が池の中に立っているのが見えた。
樹はびくりとする。
女の長い黒髪が背中に揺れる。
樹は目を擦る。
さっきはいなかった。
薄暗いから見落としたのだろうか・・。

女は小夜子さんではない。という事はあれが客なのだろうか。・・・てか、何で池の中にいるの?
「済みません」
樹は声を掛ける。女性は気が付かないのか振り向かない。
「すみませんー」
樹は大きな声を出す。

女の足首に水が揺れる。樹は水際まで寄って声を掛けた。
「済みません。あのう・・・・ここに男の人が来ませんでしたか?」
女は無反応だ。
「?」
女の体がすーっと水の中を進んだ。
「えっ?もしかして身投げ?」
樹は慌てて女の後を追う。じゃぶじゃぶと水の中に入って行く。
「ちょっと!ねえ。そこのあなた!待って。待って。早まらないで!」
水は樹の膝まで来た。
樹は立ち止まった。
何かおかしい・・。
女の背の高さはさっきと同じだ。足首までの水。樹は自分の膝までの水と見比べた。
途端にぞくりと背筋が寒くなる。

「樹さん!」
由瑞の声が聞こえた。
樹は振り返る。
「行っちゃ駄目だ!戻って来るんだ。その女は生きてはいない!」
「げえっ!」
樹の全身に鳥肌が立つ。
由瑞もじゃぶじゃぶと水に入って来る。そして樹の腕を掴んだ。
由瑞に引っ張られ、岸に戻ろうとした樹の体が突然水の中に倒れた。何かに足を取られたのだ。ざぶんと頭まで水に浸かった。
「樹さん!」
樹は倒れたまま自分の足を見た。
透明な水の中で黒い枯れ木の様な手が自分の足首を掴んでいるのが見えた。
「ぎゃー!!」
樹は叫んだ。
手は樹を掴んで池の中心に引っ張って行く。由瑞は樹の手を掴む。
「助けて。助けて。由瑞さん!」
「樹さん!」
手はぐいっと足を引いた。
「助けて!!」
「樹さん!!」

樹と由瑞は池の中に引き摺り込まれてしまった。
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