第4話  理沙と麗

文字数 1,768文字

雪に阻まれ、ぬかるんだ道を二人の女性は歩いていた。
「理沙。こんなに霧が深くちゃ、やっぱり見えないんじゃないの?」
麗は言った。
「そうね。でも、まあ一応行ってみましょう。ちょっと離れた場所に『飛燕の滝』という所があって、その滝の横に水神が祭られているらしいから、後でそっちにも回ってみましょう。その後は、また数か所候補地を巡るわ」
理沙は言った。
「休みになると、ずっと神社巡りをしているんじゃ、(たかし)さんも、そりゃあ飽きるわね」
麗は笑った。
『西藤家 貴』は理沙の婚約者である。

「貴は来ないわよ。最初に何回か来ただけで飽きちゃって」
「あら?そうなの?」
「元々興味無いのよ。どうでもいいの。本当は。本気で騒いでいるのは、兄だけよ。
でも、良かったわ。アキちゃんが麗と復縁して」
理沙も笑った。
「アキちゃんだったら、私が麗を連れ出しても文句を言わないもの」
麗の前夫「章夫(あきお)」は理沙の知り合いだった。理沙の道場の生徒だった。

 麗が骨折で入院したのを理沙は章夫に知らせた。大腿骨骨折である。麗は動けなかった。
章夫は病院に駆け付けた。
それがきっかけで章夫と麗は復縁したのだった。
 章夫の二度目の結婚はすでに破綻していた。


「本当に馬鹿な男よね。子供が4つになるまで分からなかったらしいわよ。ずっと自分の子供だとばかり思っていたって。成長して、流石に分かったらしいわ。どう見てもこれは自分の子じゃ無いって。
どこにも自分の要素が見当たらないから、DNA鑑定って言ったら、相手は青くなって離婚の慰謝料を取り下げたって言っていたわ。・・・よく4年も続いたわね。笑っちゃう。自己中でだらしのないな女だったって言ったから、あんただって自己中でだらしないでしょうって言ってやったの。」

「入院中せっせと洗濯物や家の事をしてくれたわ。復縁しようとして。
『僕がいて良かっただろう?』とか言っちゃって。
嫁を詐欺罪で訴えてやればって言ったら、面倒な事は嫌だって言って・・・。まあ、そんな男よ。・・でも、私にはその位の男が合っているのよ」
麗は笑った。
「結局、佐伯さんは来なかったの?」
「電話は一本あったけれどね。・・・・来なくて良かったわ」
「薄情な男ね」
「まあね」
麗は笑った。

「でも、理沙が水晶玉を持っているなんて知らなかった。あんな大きな水晶玉。高かったでしょう?」
麗は言った。
「ああ。あれは借り物なの。目当ての場所が見つかったら返すのよ。買おうと思って探したけれど、あまり良いものが無かったのよ。・・・・私、あれから水晶玉に夢中なの。すごく面白い。あんな面白い物がこの世にあるなんて知らなかったわ」
理沙は言った。

麗は言った。
「でも、水晶玉を使って古文書にある神社と池を探そうなんて、流石『東藤家』ね。
古い家柄だからきっと家に伝わる古文書も多いのでしょうけれど。
でも、そんな何百年も昔の記録で、もしかしたら想像で書いたモノかも知れないでしょう?それを本気で探しだろうとするなんて。
考える事が普通じゃないわね。あなたのお兄さん。平安時代とかに生きているみたい。陰陽道とか、そんな時代」

「それに池とか沼とか湖って、よく『竜神の棲む池』とか『沼』とか言うよね。日本国中、山ほどあるよ。そんな中から唯一古文書の示す場所を探しだそうなんて凄いわねえ。生きている次元が違うって感じ。貴方の家は」
麗は言う。

「その通りよ。ウチの兄は時代錯誤だから、夢見とかにも凄く拘るの。
『うちは龍憑きの家』だとか言っちゃってね。何?それって感じ。意味が分からないよね。
自分が忙しいから私と貴にやらせているわ。でも、交通費は出してくれるから、ちょっとした旅行気分で、私は楽しいわ。でも本当に探し出せたら、いい宣伝になるかなとも思っているのよ。神社をクローズアップして。
『東藤家秘伝の古文書にある竜神の池』とか言って、ちょっとしたエピソードをくっ付けて宣伝するの。『東藤家』の格がアップすると思うわ」
理沙は答える。


二人は池に着いた。
案の定、池は何も見る事は出来なかった。霧が深くて。ただ、ざあざあと水の落ちる音だけが響いていた。
理沙は空を見上げる。
「仕方が無いわね。じゃあ、先にその滝の方に行って、ここは明日にしますか。霧が晴れたら分かると思う。だって、メインは水場だから。ここを見なくちゃ判断出来ないわ」
彼女はそう言った。

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