第33話  魔の連休 蘇芳と東藤家

文字数 2,380文字

阿子は散々蘇芳に笑わされて、笑いが止まらなくなり、最後には泣きながら笑っていた。
流石に史有に止められた。
「すお姉!阿子を壊す気か!」

笑い過ぎて疲れ果てた阿子はベビーベッドの中でぐっすりと眠っている。

阿子を寝かして程なくすると、黒塗りのSクラスベンツが一台、静かに庭に入って来た。
東藤家の師範達は庭に一列に並んで頭を下げた。
運転席からガタイのいい黒服の男が出て来た。後部座席のドアを開ける。
そこから2人の男が出て来た。
壮年の男性。
東藤家 正幸 
理沙の兄。そして海外にも道場を持つ『藤家神道流』の総師範。
もう一人は西藤家 渡。道場のナンバー2。こちらの方は若い。

顔に痣を作った男達を見て渡は言った。
「お前ら、何だ?その顔は」
「あ、いや。ちょっといざこざが起きまして・・」
貴は言った。
正幸は無言で男達を見る。師範達は身を竦めて頭を下げたままだ。

玄関を開けて出て来た史有と里村。
お爺とお婆はさっきから社務所の外に椅子を出して日向ぼっこをしていた。

西藤家渡は里村の顔を見て驚いた。
「おやおや・・・・里村さんじゃないですか。・・こんな場所でお会いするなんて、驚きですね」
そう言って笑った。
里村は男の顔を眺める。
「何だ。あんたか。東藤家だけだと思っていたが、西も来ているのか」
里村は無表情に言った。
「西と東は親戚ですからね。助け合いの精神ですよ。・・・ところで、里村さん。まさか、あいつらを一人で?」
渡は並んでいる4人を顎で指す。
「まさか」
里村は答える。
「じゃあ、そのイケメンと一緒にやったのか・・。兄ちゃん。可愛い顔してんのに強えな」
渡は感心した様に言った。


「不破さんの所で会ったのが最後ですかね・・・・家から飛び出したと言うのは聞いていましたが・・・。お宅の親父さんはお元気ですか?」
渡は続けた。
「疾うに縁を切ったから。俺は知らない」
「よくあの親父さんが離してくれましたね。じゃあ、組の方は次男さんが?・・・今はどちらに?良かったらウチに来ませんか?諸手を上げて歓迎しますよ」

「生憎、新しい親父がいるのでね」
里村は返す。

正幸は言った。
「渡、知り合いか?」
渡は返した。
「はい。まあ・・・知り合いの御長男さんで。・・・里村さん。こちらは藤家神道流の総師範です」

「初めまして」
里村はそう言って頭を下げた。
正幸も軽く会釈をする。


縁側でお茶を飲む。史有がお茶を入れる。
家の中には里村、史有、蘇芳。
縁側に腰を掛けているのは正幸と渡。
5人は黙ってお茶を飲む。
ガタイの良い黒服は庭先で立っている。
4人は門の所で立っている。
日向ぼっこの二人は居眠りをしている。

蘇芳はいらいらとする。
早く奥の院へ行って由瑞を探したいのに・・・と思う。


「それで、赤津さんも理沙も昨日からその『奥の院』に行ったきりだと、ウチの師範達に聞いたが、それは一体どういう事か聞いて置こうと思ってね。昨夜はその奥の院とやらにある寺に泊ったらしいが・・・それでもこの時間に帰って来ないのは、ちょっと遅過ぎだろう」
東藤家正幸はお茶を一口啜るとそう言った。


「多分、池を回っているんじゃないですか?山の中に小さな池が幾つか有るから」
蘇芳は真面目な顔で適当な事を言う。

「失礼ですが‥あなたは?」
正幸は尋ねた。
「あ、私はこの子の姉です」
蘇芳は史有を指し示す

「彼女はここの管理者だから、道も良く知っている。だから私達はそれ程心配はしません。
ただ、その、お宅様のお話に関しましてはですね、私共には何ともお返事の仕様が御座いません。主が不在ですから」
蘇芳はすらすらと答える。

縁側に座る男達は「ふうっ」と鼻から大きく息を吐いて腕を組む。
「今日明日には帰ってきますか?」
正幸は聞いた。
無駄に眼光の鋭い男だと蘇芳は思った。
「はい。多分。娘がいるのでそんなに長く留守にはしません」
史有は言った。

「母親のくせに子供を置いて行くとはどういう事だ」
正幸は言った。

その言葉に蘇芳はむっとする。
「そう言う問題じゃないですよね?だって、お宅の理沙さんが人質を取って、脅かしたのですから。それは行かないわけにはいきませんよね。こっちもすごく迷惑なんですよ。やり方がまともじゃないと思いませんか?それも聞く所によると銃で脅かしたという事じゃないですか。まあ、怖い!まるでヤクザですね。と言うか、ヤクザそのものですよね。ヤクザ以外の何者でもない」
蘇芳は畳みかける様に言った。
史有は横目で蘇芳を見る。


客は顔を見合わせる。
「誰が・・?」
「いや、貴が、やったらしいです」
正幸は庭先の四人に視線を向ける。
「あの馬鹿が・・・飛び道具は使うなと、あれ程言ったのに・・・」
「いや、勿論モデルガンか何かそんな物だと思いますが・・・あんな奴に持たせる訳が無いじゃないですか。危なくて」
渡は言った。
正幸は蘇芳の顔を見る。
「済まなかった。面目が無い。ウチの若いのが・・。きっと理沙に言われてやったのだろうが・・。理沙もその男も考え無しで申し訳が無い」
正幸は頭を下げた。

客は立ち上がると言った。
「お茶をご馳走様でした。まあ、話は赤津さんと理沙が帰ってからだな。・・・・折角ここまで来たのだかから、その神社と池を見せて貰って帰ろうか。・・・奥の院は行けないのですか?」
「柵が巡らされているので入れませんよ。鍵は宮司が持って行ってしまいました。神社はその鳥居を抜けて行ってください。通行止めにしてあるけれど、まあ、大丈夫ですから。気を付けてどうぞ」
史有は言った。
「あっ、車はここへ置いて行って貰っても大丈夫です。・・・そうだ。熊に気を付けてくださいね。この辺り、月の輪熊がいますから」
史有は付け加えた。

蘇芳は「お前らなんか熊に喰われてしまえ」と思う。

男達が庭から消えると蘇芳は立ち上がった。
「由瑞を探してくる」
「危ないから婆ちゃんと一緒に行ってくれ。・・おおい。婆ちゃん」
史有はお婆を呼んだ。
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