第2話  4月 由瑞

文字数 2,478文字

史有から電話があった。
「兄さん。お客が来たよ」

由瑞は驚いた。
「もう?早いな。半年じゃないか。
水晶玉だけでそこを探し当てるとは大した能力だな。
日本の神社って8万社以上もあるらしいぜ。その中でも村格社で、誰も行かない様な辺鄙な場所にある。日本全国で唯一その場所を探し出すなんて・・・。
一体何が見えるのか・・・住所でも表示されるのか?」
「住所が出るなら、ソッコー来ているでしょう」
史有は笑った。
「背の高い女が二人。写真にあった通りの黒子だ。3つ。あれは間違え様が無い。
『東藤家 理沙』だ。それとその友人。『麗』って呼んでいたよ」
史有は言った。

「麗も来たのか?」
由瑞は驚いた。
「そう。あれが由兄の元カノでしょう?・・・融さんが言っていたよ。佐伯のせいだから、佐伯にはしっかり働いてもらうって」
そう言って史有は笑った。
由瑞は「参ったな」と言って苦虫を嚙み潰した様な顔をした。
「それは俺のせいじゃない。不可抗力だ。それにもうそんなのはとっくに時効だ。赤津にそう言って置いてくれ」
そう言うと電話を切った。


蘇芳は由瑞から電話を貰った。

「蘇芳。珠衣に客が来たらしい」
「あら、早いわね。凄い。よく見付けたわね。流石ね。じゃあ、そろそろ準備と言っても・・・あちらがどう出るか分からないから準備の仕様が無いわね。小夜子さんにはしっかり結界を張ってくださいと言う位かしら。じゃあ、由瑞。連絡が来たら宜しくね」
「何で俺が赤津の家の為に行かなくちゃならないの」
「そんな事を言っても仕方ないじゃないの?あなたの元カノが切っ掛けなのだし、知らぬ振りをする訳にも行かないでしょう?」
「前にも言った。それはそういう運命だったんだ。俺のせいじゃない」
由瑞はうんざりして言った。
「だって、史有は阿子に掛かり切りになるし、薄羽様は腰痛で今回は無理だという事だし。
人手が足らないのよ」
蘇芳の言葉を聞いて由瑞はため息をついた。


 東藤家理沙の写真は「藤家神道流」のサイトに出ていた。古武道の中でも合気道と薙刀の道場だという事だ。
理沙は師範として薙刀を持って構えていた。その写真が出ていた。
薙刀を習う人がこんなにいるんだ。と思った。と言うか、薙刀、売っているんだ。とも。
白い胴着と紺の袴を身に着けて薙刀を構える彼女の姿はとても凛々しかった。紫色の襷と鉢巻が華麗さを添える。確かに魅力的ではある。


「今、探し当てたとしたら・・・・実際に動くのは、連休辺りかしら?」
蘇芳は言った。
「また、連休か・・」
由瑞も返す。
「『魔の連休』ね」
蘇芳は笑った。


「ところで由瑞、お母様のご紹介のお嬢様、加納さん。加納愛子さん。お逢いしたのでしょう?どうでした?」
蘇芳は明るい口調で言った。
「ああ。明るくて感じのいい人だよ。朱華に似ている。ちょっと驚いたよ」
由瑞は返した。
「そうでしょう。だからお母様は由瑞にぴったりと仰っていたのよ。もう、どの位お逢いしたの?」
「まだ二回だよ。連休の後半には一度逢おうと思っている」
「上手く行くといいわね」
「どうかな?まだ二度しか会っていないから」
「朱華に似ている人なんか、この後出てこないわよ」
「分かっている」
そう言って由瑞は電話を切った。

あれから二度目の連休がやってくる。あの出来事はもう二年も前の事なのだ。
あの時の事を思い出すと今でも心が疼く。
それでも辛い気持ちは薄れて行って、幸せだったあの二日間だけが心に残った。
甘くて切ない思い出。

時々、それが心に浮かぶ。
暫しそれに囚われる。
ソファーの上で眠ってしまった樹の髪を撫でた。
「すごく幸せなんだ」と言った自分。
満天の星空の下で彼女に口付けをした事。
自分の心は幸せな事だけを記憶に留め、悲しい思いを消し去ろうとしているみたいだ。


由瑞はここへ来て半ば強制的に見合いをさせられた。
母は「是非一度だけでも」と言った。
義理だの、何だのと理由をくっ付けて兎に角会わせようとする。あまりのしつこさに由瑞の方が音を上げた。

蘇芳は言った。「貴重な種なのよ」と。
「そういう問題か?」
由瑞は返した。


会ってみて驚いた。
朱華に似ていたから。
懐かしい。そんな感情を抱いた。だが、それだけだった。
初めて会った彼女に対してときめく事は無かった。

由瑞は自分の心が不思議だった。
どうして心が動かないのだ?
朱華に似ているのに。

朱華に似ているけれど、朱華ではない。
当然の事だが。
身体の大きさも違うし、声も違う。
こんな風に朱華は笑わない。
朱華はもっと大きな口を開けて豪快に笑った。
上目遣いに人を見る。その視線に違和感を覚えた。
つい朱華と違う所を探してしまう。


明るくて素直な感じ。育ちが良さそうな娘だ。
きっと大事に守られ幸せに育って来たのだろう。
瘦せ細って死んでいった朱華を思い出した。
蜻蛉みたいに儚く消えて行った朱華。
顔が似ているだけの娘。朱華はもういない。それを今更ながら強く感じた。

年は26歳。5つ下。
銀行に勤めていると言っていた。名古屋出身。
何度か逢えば好きになるのだろうか?
それなら有難いと思う。そうなる可能性もきっとある。


由瑞は頬杖をしながら考える。
「ネットワークの方だから」
母はそう言った。
「だから余計な心配は要らないわ」
由瑞は「そうなんだろうな」と思った。


好きでもないのに家庭を持って子供をもうける?
でも、まあ見合いなんて結局そんなものだ。家庭を持てば安定する。
・・・安定するのか?
責任が生じる。彼女を忘れてあの朱華に似た女を愛するという。
子供が産まれればきっとそれも可能なのだろう・・・可能なのだろうか?
樹をさっぱりと忘れる事が出来るだろうか。

ふと赤津の所は子供はどうしたのだろうと思った。
そろそろ産まれてもおかしくない。
樹が赤津の子を産む。
それを当然と感じながら、どこか不思議な感じがした。
樹は妊娠などしないのではないか?
あの細くてしなやかな体が子供を孕む?
赤津の子を?

一方で、産んだとしても何ら問題はない。自分にとってそれは些細な事と思う自分がいる。
樹は樹だから。
その自分の感覚自体がとても不思議な感じがした。そしてそんな事を考えている自分が救いようの無い男に思えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み