第42話  龍6

文字数 1,450文字

川向うは霧で閉ざされ見えなかった。
赤い橋は見当たらなかった。
「あれ・・?おかしいな。・・・橋がない」

「怜。川の向こうが見えないが、向こうは神社なんだろうな」
融は疑いの眼で怜を見る。
「また、別の異界とか言ったら、お前を殺すぞ」

「僕には体が無い。だからどんなにムカついても君は僕を殺せない。・・・神社かどうかは分からないが、多分、現世だ。奥の院かも知れない」
怜は言った。
「多分・・・か・・」
融はその言葉を繰り返して霧の向こうを見る。

「龍に霧を払ってもらえばいい」
そう言うと川の中に留まっている龍に「おい、この霧を何とかしてくれ」と言った。
龍は川の中から頭を出すと、鼻から大きく息を吸い込み、「ふん!」と勢いよく噴き出した。

霧が吹き飛ばされた。
「簡単なものだな」
融は言った。
「水龍だからな」
怜は答えた。
「嵐を呼ぶことも出来る」
「呼ばなくていい」
融は言った。

広い水の向こう側にぽつんと武人の姿が見えた。
武人はとても小さかった。

「・・・これは奥の院だな。ひょっとして、俺達はあの社の所にいたの?」
融は言った。
「さあ・・あれ、あんな遠くに橋がある」
怜は指差した。
ずっと遠くに赤い橋が見えた。
それは勿論途切れていた。

「何で、こんな風に時空が安定しないの?これ重なっているの?多重構造?」
融は言った。
「そんなの、俺が知る訳無いだろう?」
怜は返した。
融は辺りを見渡す。
「黒い兵達も見えない。鬼もいない・・恐ろしいモノ達はどこにいるんだ?」
「黒い兵達の親玉がここに蘇った。それに小夜子がいる。水の中には龍がいる。これ以上に強力な布陣があるか?誰も彼もが在るべきところで息を潜めて静かにしている。消されたくはないからな」
「そんな判断が単なる霊魂にできるのだろうか・・?」
融は首を傾げる。
「と言うか、安定したと言うべきかな?」
怜は言い直す。
「安定?」
「そう」


融はじっと怜の顔を見てにっこりと笑った。
「それは有難い」
「おい。小夜子。影が蘇って異界は安定したってさ」
融は言った。

「本当に融は単純だな。そんなのは時間が経ってみないと分からない。怜はいい加減な男だっていう事実を忘れたのか」
小夜子は融に冷水を浴びせる。
怜はにやにやと笑って二人を見ている。
融はそれ以上の口答えを止めて遠い向こう岸に視線を戻す。
「向こう側までどうやって行くんだ?とんでもなく遠過ぎる」
融は言った。

「龍に連れて行ってもらえばいい」
怜が返した。
「僕は小夜子を抱いて行く。融はその女を。伊刀と夜刀は龍の鬣に掴まればいい」
そう言うと龍を呼んだ。
ずるずると龍はその長い胴体を引き摺りながら半身を陸に上げた。胴体には短くて太い足がついていた。足には三本の指。鋭い爪と水掻きが付いている。

「いいか?お前の大切な主人を復活させてやったんだ。無事に向こう岸まで運ぶんだぞ。言って置くが、こいつらは息をしないと死んでしまうんだからな。ちゃんと覚えて置けよ。・・・ところで君はどうする?」
怜は少女に声を掛けた。
少女は首を傾げた。
「ここで待っているってさ」
融は勝手に答える。


皆が龍の鬣の中に伏せる。
小夜子は怜の下に。理沙は融の下に。少女は融の隣に這い上がるとそこに伏せた。融を見てにこりと笑う。
融は目を逸らす。
「融。モテるな。・・・いいか?みんな、しっかり掴まったか?振り落とされない様にしろよ。どこに落とされるか分からないからな」
そう言うと龍に向かって言った。
「行け」
龍はまたずるずると長い体を引き摺って水に向かった。
頭が水に到達するや否や物凄いスピードで水に潜って行った。

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