第3話  4月 蘇芳

文字数 1,422文字

蘇芳は電話を切ると椅子に座って考えた。
揺り籠の中で眠る緑子は7か月になった。すやすやと眠る我が子の顔を眺め、揺り籠を揺らす。
「由瑞君も、上手く行くといいですねえ・・」
眠っている我が子に囁く。
「朱華に似ているから、きっと上手く行くとママは思っているんですよ。・・・しかし、とうとう見つけたらしいですよ。東藤家理沙さんは。なかなかお利巧さんですねえ」

手を動かしながら、蘇芳は去年の事を思い出していた。


東藤家理沙が占いにやってきた数日後、夜中に柵を破って猪が二頭入り込んできた。
彼らが破ったわけではない。誰かが金網を切ったのだ。その間から猪がやって来たのだ。
巨大な猪だった。
猪は食堂のサッシに突っ込んでガラスを砕いた。
警報が屋敷中に鳴り響く。
その騒ぎに紛れて、誰かが占い部屋に忍び込んだ。
そして蘇芳の水晶玉を盗んだ。
蘇芳は出産の為に入院していて不在だった。
室生の家には父と母がいた。
病院に来た雪乃から話を聞いて驚いた。

防犯カメラには賊の走り去る賊の姿だけが映っていた。
黒い服と目出し帽。走り去ったのは2名だけ。
盗難届は提出済みだと雪乃は言った。
「警備を厳重にしたわ」
防犯カメラの数も増やした。ガラスを強化ガラスにした。


蘇芳は犯人を知っている。
多分、あの女だ。
しかし、よくあんな重い水晶玉を担いで逃げたと思う。

商売道具だから返して貰わないと困る。それにとても気に入っていたのだから。
けれど、あんな女に使われた水晶玉は戻って来ても、浄化が大変ですぐには使えない。
暫くは祖母の使っていた水晶玉を使用することにした。
全く腹立たしいったらありゃしない。


彼女は水晶玉を扱えるのだ。
多分、初めて水晶玉を覗き込んだのだろう。
自分がそれを扱えることを知らなかったのだ。
そりゃあ、いつの前世か知らないが、前世が怜の物語にあった『山の巫女』だとしたら
そんなのはお茶の子さいさいでしょうよ。

蘇芳は彼女の占いを思い出した。
水晶玉に映った白くて長いモノ。
ゆらゆらと動く青い空間。水の中みたいに。
まさにあの場所。

理沙は何も見えなかったと言っていたが、彼女には見えていたはず。何故なら彼女の脳裏にそれが映ったのを蘇芳は視ていたから。
理沙は自分がそれを視た事に驚いていた。

蘇芳は慎重に言葉を選んだ。
「青い世界に細く白い道が見えます。道は動いていて・・どこに辿り着くか、先は見えません。
・・・あなた様は何かをお探しですね?その道の先にそれが有るのだと思います」

理沙は首を傾げた。
「私は、何を探しているのでしょう?人ですか?それとも場所ですか?それとも何か別の・・」

蘇芳は水晶玉を覗き込む。
一瞬のイメージ。
人の、それも見知った人のイメージ。
蘇芳は驚く。
「まさか・・・」
もう一度丸い空間を覗く。イメージは跡形も無く消えていた。

「人でもあり、場所でもあります。青が揺れているので水場でしょうね。ご家族ではなさそうです。影がとても薄くて儚い。一瞬で消えました」
蘇芳は答えた。
理沙はじっと蘇芳の顔を見る。

彼女が水晶玉で何を見ていたのか。その詳細は分からない。
自分と共有していたのは、その白いモノだけかも知れない。それとも他に何か・・・。
蘇芳は目を閉じてあの時の水晶玉を思い出す。

水晶玉が映し出すイメージを彼女が正確に読み取るとしたら。
もしも、あの場所を示す何かを見付けたら・・。
1年は充分に掛かると思っていたが・・・・。彼女は水晶玉占いの達人かも知れない。
蘇芳は揺りかごを揺らしながらそう思った。

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