第7話  史有と小夜子

文字数 1,727文字

樹と融が帰って数日後。
史有と小夜子、伊刀、夜刀は奥の院に来ていた。
史有の胸には前回と同じく阿子が抱っこ紐の中で眠っている。

外は美しい春の季節だと言うのに、ここは相変わらず昼も夜も無い様な青い世界が広がっていた。
「青の帳が下りて来ているな」
小夜子は空を見上げる。ぽっかりと浮かんだ雲が薄青に染まっていた。

「史有。分かるか?ほら、ここから気が漏れてずっとここへ流れている」
小夜子は池の鬼門に当たる場所に史有を誘う。
史有は息を詰めて目を凝らす。
小夜子はその真剣な表情を隣で眺め、そして「ぷっ」と噴き出した。
「史有。違う。視るんじゃなくて、感じるんだ。史有には視るのは無理だ。でも、きっと感じる事は出来る」

史有は大きく息を吐きだすと肩の力を抜く。
「でも、融さんとサヨちゃんには視えるんでしょう?」
小夜子は頷く。
「ずっと石や石像やらが並んでいるから、ルートは分かるけれどさ。この内側を霊気が流れているんだね」
「そうだ」

小夜子と史有は石の並びに沿って歩く。一つの石像の前に立ち止まると史有は指を差して言った。
「如意輪観音・・・石段にあったものだ」
2人はそれを眺める。
「なかなかいい観音様だ」
小夜子は呟く。


ぐるりと池の周囲を見渡す。
石の列は岩壁が始まる場所から森に向かい緩やかな弧を描いてまた池に戻っている。
まるでストーンヘンジの半円の様に。
気の流れは池から出てまた池に戻る。

「ほんの少し森の中を通ってまた池に戻す。・・・・皆、異界から抜け出たいのかも知れないな。ここにいる奴らは本当に厄介な奴らばかりだ。・・・史有、ここはある意味、磁場だ。引き寄せる。似た様な奴らを。いや、似た様な事象を」
小夜子は言った。
「?‥事象?」
史有は首を傾げる。
「東藤家もそのひとつだろうな。・・・・本当はあの森の向こうに寺があるといい」
小夜子は東の森を指差す。
「寺か・・・。寺ねえ・・」
史有はまた首を傾げる。
「そうすれば、完璧だ」
「ふうん・・」
「しかし、爺ちゃんと婆ちゃんはすげえな。よくこれだけの石やら石像やらを集めたものだ。
先週の休みに融さんと3人でルートを決めて、それからあっという間に並べたな。一体どこから集めて来たのか」
小夜子はクックと笑う。
「それは私も知らない」
「まあ、客が来る前に並べてくれたから、それは助かった」

夜刀は大きな欅の上に止まった。重さで枝が撓る。
「小夜子。そこに、でかいのをひとつ欲しいな」
夜刀の声が頭に届く。
丁度池から道の出て来る場所。社から牛虎の方角。

「そうか」
そう言うと、小夜子はその場に蓮華座を組み、指で印を組み、目を閉じて呪を唱えた。
呪は長いらしい。
ずっと何かを唱えたままだ。

静かだ。
小夜子の低く呟く声が微かに耳に届く。
それは不可思議な旋律にも聞こえる。
波にも。
岩壁から流れ落ちる水音と呪。
史有は小夜子を眺める。

後ろから草を踏む重い足音が聞こえて来た。ずしり・・・ずしり・・・と。
金属の擦れる音がする。
史有は振り向いた。
目を丸くする。
重そうな鎧兜を付けて大刀を腰に、手には大きな槍を持った巨大な武人が来る。
古代の武人。埴輪にある様な。
ぎろりと史有を睨むと、そこに仁王立ちになった。視線は池に向けられていた。
小夜子は目を開けると武人を見上げる。

小夜子はその前で跪き、拝礼をする。
また呪を唱える。

立ち上がると「これでいいだろう」と言った。
 史有は恐る恐る武人の回りを巡ってみる。
「鬼門の守りを召喚した」
小夜子は言った。
「サヨちゃん。これって普通の人には見えないの?」
「まあ。そうだな。・・・何かが立っていると感じる人はいるだろうな」
「大きな石像があると感じる人もいるし、ただの石が置いてあると思う人もいるだろう。
または、影にしか見えない人もいるし、何も感じない人もいる。まあ、樹さんはこのタイプだな」
小夜子はそう言って笑った。

「史有。これからは私と史有でここを守って行かなくちゃならない。融にはあまり手を掛けさせない様にして行こうと思うよ。融には融の幸せがあるから。・・・だから・・悪いな。史有。史有には頑張って貰わないと」
小夜子はそう言って頭を下げた。
史有は照れながら
「今更、何を言っているんだよ。そんなの当然じゃん」と言って小夜子の肩をぽんと叩いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み