第54話  樹 異界2

文字数 680文字

途中で狼に出逢った。これも目が三つあった。樹は凍り付いた。
だが、狼は襲って来なかった。逃げ場が無くて震えながら小さく丸まっている樹の横を何事も無かった様に通り過ぎた。
樹はその後ろ姿を不思議な思いで見送った。

道々異様な輩と出会った。
勿論餓鬼にも。
餓鬼の集団にも。
青黒い顔をして歩いている女や、顔の無い子供。
彼らの姿を見付けて悲鳴を上げて逃げる樹をそれらは無視して通り過ぎて行った。
誰も追い掛けて来なかった。
鬼にも出会った。樹はその角の生えた顔を凝視した。だが、彼らは樹に一瞥もくれなかった。

樹は理解した。

自分はもう生きてはいないのだと。だから奴らは追い掛けて来ないのだ。自分はあいつらの同類になってしまったのだ。
そう思った途端に泣けて来た。
やっぱり自分は死んでしまったんだ。
道に伏せてさめざめと泣いた。


散々泣いて涙も出尽くした頃、ふと由瑞の言葉を思い出した。
「小夜子さんの『識』を探しにここへ来た」。
確か、そう言った。


小夜子さんの体は現世にあった。意識不明のままで。意識はここに来ていたという事なのだ。
小夜子さんは6年も眠っていて目が覚めた。
もしかして、私も同じ事に・・?
だって、死んだ気が全くしないから。ほら、こんな風に体だって触れられる。
樹はぺたぺたと自分の体や顔を触る。

だったら私も帰る事が出来るだろう。
だが、6年間もここに居たくはない。
だって6年もここに居たら37歳になってしまう。それは嫌だ。嫌過ぎる。
こんな場所で化け物を見ながら6年間もうろつきたくはない。
一分でも早く帰りたい。


樹は立ち上がった。
兎に角、橋だ。橋を探そう。
樹は細い土手道を走り出した。




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