第64話  融 3

文字数 1,369文字

「私、その彼女が来たこともショックだったけれど、それよりも、また自分一人だけが除け者になったと感じたのが一番悲しかった。
あの二年前の連休と同じだと思った。私はあなたの妻なのに何も知らされないで、ぽつんと一人であなたを待っている。何で、妻の私よりも、蘇芳さんや小夜子さんの方があなたに近いのが分からなかった。・・・・また、同じ事を繰り返したって思った。あなたが嘘つきに思えた。
私、一晩中泣いたよ。あなたは『もう君を泣かせない』って言ったのに。・・・・それが辛かったの」

土手道を歩きながら樹は言った。
水は穏やかに流れている。
樹はじっとそれを見る。
そしてまた歩き出す。


「俺は君に言えなかったんだ。それを言って君がどう思うか・・・それが怖かったんだ。俺や小夜子に対する見方が違ってしまうんじゃないかと思うと・・・。幸せだったからこそ言えなかったんだ。それで、もっと先になって子供でも生まれてから、と思っていたんだ。・・いや、君が知らないで済むなら、それなら、その方がいいと思っていたんだ。君がそんな風に思っているなんて考えもしなかったんだ」

「うん。由瑞さんもそう言っていた。きっと、赤津は怖かったんだろうって。その気持ちは良く分かるって」
樹は返した。

「俺は・・・珠衣の事はもう自分の宿命だからもうこれは仕方ない事だと、そう思っていたんだ。でもそこに君を巻き込むのが嫌だったんだ」
融は言った。
樹は頷いた。
「うん。分かっている。あの奥の院の事。融君が私に隠していた訳が良く分かったよ。私それを知った時、それを隠して穏やかに笑っていたあなたがとても可哀想に思えた。そしてあなたがとても愛しかったよ。・・・私も辛かったけれど、あなたも辛かったんだなって思ったよ」

「私、あなたのそんな苦労は知らなかったから、不安になったり、嫉妬したり、寂しくなったりして・・。」

「私、あなたがとても私の事を愛してくれているって知っていたよ。でも一番大事なのは珠衣だとばかり思っていた。今回よく分かったよ。あなたは私を一番大切にしてくれたんだって」
樹は言った。

融は思わず目頭を押さえた。
正にその通りだから。
「有難う。樹。分かってくれて・・・」
融は樹の背中に手を回す。

「でもね・・・」
樹は言った。

「私、思ったの。もしも、何かが起きてあなたが帰って来なかったら?って」

「私、きっと立ち直れないと思う。だってどうしてあなたが帰って来ないか分からないんだもの。知らないんだもの。奥の院の事」
「あなたは笑顔で『行って来るよ。連休の後半は遊びに行こう』って言って。それで帰って来なかったら、私はどうなっちゃうんだろうって思った・・・」


「それに、あなたが大変な思いをしている時に、私は何も知らない馬鹿者で呑気にあなたを待っているの。それってどう思う?夫婦なのに。すごく間抜けに見えない?ねえ。逆の立場だったら。あなたはどう思う?・・・一番大変な時に私があなたを必要としなかったら。あなたは悲しくないかしら?」

樹はそう言った。
融は立ち止まって樹を見た。


「でもね。私、あなたを責める事なんか出来ないんだ。・・・融君。私、あなたに謝らなくてはならない事があるの」
樹は言った。
「後にして」
融は言った。
「それはまた後で。家に帰ってからにしてくれ。・・・今は散歩を楽しみたい」
そう言って空を見上げた。








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