第35話  龍 2

文字数 1,790文字

理沙は驚いた。
こんな場所に人がいる。
それも融に似た人が。
これはどういう事だろうと思った。

「馬鹿じゃないの?わざわざこんな所まで・・」
怜は苦い顔をして3人を眺める。
「融が付いていながら、一体これは何事なんだよ」
怜に睨まれ、融は事情をぼそぼそと説明する。

怜は目の前の女をまじまじと眺めた。そして驚く。
「本当だ。・・・あの首と顔が一緒だ・・・その黒子。・・参ったな。こんな事が起きるとは・・・僕の足枷がようやく取れたんだ。龍も諦めが付いたのだろうと思っていたのだが・・・。あれは石を抱いて眠っている。そこで」
怜は水の中を指差した。

理沙はごくりと唾を飲んだ。
いよいよ龍に会えるのだ。それは長い間の念願で有りながら、一方ではとんでもなく恐ろしい事だった。本当ならここから逃げ帰りたい程、怖かった。
だが、もう終わりにする。
そう決心したのだから。


「私の中にも龍がいます。それがここを目指していた。私は自分の中からこれを取り出してここへ置いて行きたい」
理沙は言った。
「君自身がそうなんじゃないの?」
怜は問う。
理沙は首を傾げる。
「ああ・・・どうだろう。どちらでもいいわ。もう私は。そのためにここへ来たのだから。
・・・不毛なの。全てが。・・龍憑きの家など。・・・もう終わりにしたい。転生は真っ平だわ」
理沙は言った。

4人はじゃぶじゃぶと水の中を行く。
それを陸から見守る伊刀と夜刀。


池の中に突き出た岩から4人は深い水底を覗く。
うんと下に白くて長い物がぐるぐると蜷局を巻いていた。龍の白い鬣が水にゆらゆらと揺れていた。


水底の龍は何かの気配を感じたらしい。
むくりとその白い頭を起こした。


赤い目。それ以外は何もかも白い。揺れる鬣と長い髭。尖った二本の角。
大きな口。蛇の様に長い体。炎の様な目が水底から自分達を見上げる。融はぶるりと震えた。
理沙はその目に射すくめられた様にその場に固まった。

龍はゆらゆらと上がって来る。
その周りに小さな白い物体がふらふらと泳いでいる。物体は3つ。
「ウタがいる。・・・私に付いて来たらしい」
小夜子は怜を振り返る。
怜は返す。
「彼らは自由に幾つかの層を行き来できるのだろうな」


龍はぐんぐんと大きくなる。理沙は恐怖のあまり融の腕にしがみ付く。
ざばりと大きな飛沫を上げて龍の頭が水面から現れた。大量の水がざあざあと4人に降り注ぐ。
その焔の様な赤い瞳。長い髭が動く。
龍は大きな鼻から勢い良く息を吐いた。


龍は理沙から目を離さない。理沙は動けない。
怜は小夜子を抱き抱える。
「危険だ。ここから離れた方がいい。・・・融、離れるぞ。その娘はそこに置いて行け」
怜は言った。
融は急いで離れようとするが、理沙は腕を掴んで離さない。
「おい・・放してくれ」
「嫌よ。あなたも一緒に来るのよ」
理沙は震えながら言った。
融は慌てた。
「何を言っている。そんな話は聞いていない。俺はここまで一緒に来ればいいという事だった。これ以上は付き合えない」
「嫌だって言っているでしょう?一人じゃ怖いの。あなたは私の恋人よ。もう離れない。あなたもここで一緒に私と龍といるのよ。あなたは、また私を独りにする積りなの?」
理沙は融を見詰める。
「これでようやく一緒になれる・・・・ずっと一緒にいられる」
融は驚愕の表情で理沙を見詰める。
全身が泡立った。

「何を言っているんだ!?放せ!俺はあんたの恋人じゃない!放せ!」
理沙を力一杯振り払う。理沙は全身でしがみ付く。

「融!早く!」
岸で小夜子が叫ぶ。
「何をやっている!喰われるぞ!」
怜は叫ぶ。
「怜。何とかして」
小夜子はうろたえながら怜に言う。
怜は走り出した。

突然理沙の前に夜刀が現われた。夜刀は理沙の頭を攻撃する。理沙は目をぎゅっと閉じてもっと強く融にしがみ付く。絶対に離れない。死んでも離れない覚悟だ。

夜刀は龍の前に飛んで行く。巨大な鴉はバサバサと羽ばたいて龍の顔を攻撃する。
龍は煩そうに顔を背けたが、大きな口を開いた。鴉を飲み込もうとしている。
「夜刀!!」
融は叫ぶ。理沙は目を見張る。

不意に何かが融の体に激突した。融と理沙はぶつかって来たそれと一緒に水の中に落ちた。
落ちた拍子に腕が離れた。
龍の頭もすぐに水に潜った。融の前に伊刀が見えた。
融は夢中で泳いで龍から離れる。龍の長い体が融を弾き飛ばした。

融は伊刀に掴まる。伊刀は水面を目指す。後ろを振り向くと必死で逃げる理沙の体を龍が呑み込むのが見えた。

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