第13話  樹  5

文字数 471文字

次の日の早朝。樹はスーツケースを引いて、リュックを背負い駅に急いだ。

結局、昨夜は一睡もできなかった。
部屋の隅で膝を抱えて涙に暮れた。
涙は止まらなかった。
横になっても、立ち上がっても、座り込んでもぽろぽろと零れて来た。

頭の中に融の言葉が蘇った。
「小夜子は関係ない所からもう一度」
「君をもう二度と泣かさない」

嘘ばっかり・・・。嘘ばっかり・・・。嘘つき男。
「彼はまた繰り返す。そしてまたあなたは泣くのよ」
あの時、秘書はそう言っていただろうか?
めちゃくちゃ私を責めて病気にしたくせに、一番大切な事を言ってねーだろが!

白々と夜が明けて来た。
樹はしばらくそれを眺める。のろのろと立ち上がった。
スーツケースに荷物を詰めた。
珠衣に行くのだ。行って、何もかも明らかにしてやる。
あの研究室の女の事も問い質してやる。
冊子をテーブルの上に置いて封筒をリュックの中に入れた。
何度も封を切って読もうとした手紙。
「赤津融様」の鉛筆書きがそれを押し留めた。
何が書いてあるのか、それを知るのも怖かった。
目の前で封を切らせて読ませてもらう積りだ。

リュックを背負うとドアを閉めた。
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